シネマのまちのつくり方

⑧老舗経営者とアフリカ人監督の共感

アフリカ人女性映画監督らとの出会いを語る菊一文珠四郎包永社長の柳澤育代さん=奈良市
アフリカ人女性映画監督らとの出会いを語る菊一文珠四郎包永社長の柳澤育代さん=奈良市

アフリカの若い女性映画監督・映像作家らを支援するワークショップ「グラン・ボヤージュ・ウィズ・アフリカ」が、5月31日から6月14日まで奈良市で開かれた。主催したのは国連教育科学文化機関(ユネスコ)とNPO法人なら国際映画祭だ。応募者568人から選ばれた10人が同市内に滞在し、人々と風景を映像に収めた。

多彩な視点

滞在制作したのはアフリカ5カ国からやってきた21~35歳の9人と日本からの1人である。それぞれが、老舗の女性経営者、武道家、花街の芸妓(げいこ)、寺の住職、ヨガの指導者、薬局経営者など多彩な人々にカメラを向けた。

10人は励まし合いながら寝ずに編集に挑んだ。6月12日の関係者試写会では全員の作品を披露。南アフリカのオクレ・ジョゾプの作品から始まり、それぞれ10分間の作品を映し出した。

8番目に上映された『She is Able』はナイジェリア・ラゴス出身のマヨワ・バカレの作品で、「できる女」と日本語に訳された。出演した柳澤育代(1967年生まれ)は英語でインタビューに応じ、日本語字幕がつけられた。多くは英語字幕だったので異色だった。

柳澤は、刃物老舗「菊一文珠四郎包永(きくいちもんじゅしろうかねなが)」(奈良市)の代表取締役社長である。鎌倉時代の刀鍛冶にルーツがあり約750年の歴史を有する同社は、土産物店やレストランも展開。また、市内だけでなくニューヨークにも現地法人を構える。

試写会で柳澤は「ニューヨークで長く暮らしてきたが、これだけのアフリカ人女性とお会いするのは初めて。題材として私を取り上げてくださって本当にありがとう」と英語のスピーチをした。

柳澤は「今は1年のうち9カ月余りは奈良に、2カ月半ほどはニューヨークに滞在する」と語る。夫はマウントサイナイ・アイカーン医科大学教授を務め、米国日本人医師会会長の要職にある。娘が2人。長女は日本の、次女はニューヨークの学校に学ぶ。

つながった心

「菊一」は、映画祭事務局がワークショップで提示したロケハンのコースの1つに含まれていた。女性監督らは6月2日、若草山の麓にある店舗を訪れた。

監督らを前に柳澤は、歴史を有する家に生まれて家業の後継者になったこと、夫と次女とは別れて暮らしていること、など自らの境遇を伝えた。

すると「2人の女性監督が泣き出した」と柳澤は言う。「幼い子供を育てながら作家活動をするなど、自らも生活を犠牲にして創作活動に励んでいるのでしょう。女性同士の共感がその場を包んだ」。奈良とアフリカの心がつながった瞬間だった。

他の作品にも貴重な奈良の人々の語りが収録された。女性監督らが丁寧に聞き取り編集した。映画祭事務局によると、これらの作品は9月開催の同映画祭で上映されるほか、「ユネスコやアフリカで上映する機会を探っている」という。世界に発信される可能性がある。楽しみだ。

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