背景には、ポルトガル政府が60年代からマカオ返還を中国側に打診していた経緯がある。74年に誕生した左派政権は「植民地放棄宣言」まで行った。ポルトガルのマカオ支配はかなり前から有名無実化していたわけだ。84年に返還が決まった香港とは事情が異なる。
99年の返還直前には、中国の体制下に入る前にカジノの利権を確保しておこうと暴力団による抗争が激化、治安が極度に悪化し観光業が落ち込んでいた。このため返還とともに駐留を始める中国人民解放軍に、治安回復への期待を寄せるマカオ住民は多かった。
昨年、台風の直撃を受けた際には、解放軍駐留部隊が返還後初めて出動。約1000人が救助や清掃作業に当たり、拍手して謝意を伝える住民の姿もあった。
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マカオの公園に最近、毛沢東を礼賛する革命歌を朝から大声で歌う集団が現れた。福建省から来た新移民らしい。親中派が多いマカオとはいえ、さすがに周囲の住民から「うるさい」と抗議の声が上がり、暴力沙汰にまで発展した。
中国本土から吹くのは追い風ばかりではない。
南シナ海に浮かぶ海南島もマカオには不気味な存在だ。4月に習近平国家主席自ら訪問して経済のてこ入れを指示。観光客を増やすため、5月1日から日本を含む59カ国を対象に、査証(ビザ)なしで30日間滞在できる特例を認める。
中国本土では許されていない競馬やスポーツくじの導入も検討中だ。東洋のハワイを目指し、ゆくゆくはカジノも解禁されるとの報道が相次いでいるが、区氏は「一国二制度下のマカオと違い、海南島は100%中国だ。カジノができても客は安心して遊べないだろう」と予想する。



