これらの両事件の流れはそっくりである。まず、総理と当事者の関係を指摘する。両当事者とも総理(または総理夫人)と知り合いであり、これらは事実だ。そこで、「知り合いだから便宜があったはずだ」と、論理が飛躍する。
それを信じさせるような客観的な証拠があれば別だが、それがない。あったのは、森友問題では籠池前理事長の証言、加計問題では前川喜平・前文科事務次官の証言だけである。しかも、それらはかなり信憑性に欠ける。というのは、前者では第三者の書いた「鴻池メモ」、後者では文科省と内閣府が合意し公表された国家戦略特区ワーキンググループの議事録にそれぞれ反しているからだ。
しかし、ほとんどのマスコミはそうした客観的な事実は報じないで、安倍批判のみを報じる。特にひどかったのは加計問題で、国会において加戸守行前愛媛県知事らが国会証言しているが、テレビにおいて報じられたのは圧倒的に前川氏の発言ばかりだった。
いずれにしても、両事件ともに、総理夫妻の知り合いなのだから「関与」や「意向」があったはずという思い込みで報道され、責任を追及した。その結果、ないことを証明すべきだという「悪魔の証明」になってしまった。「疑惑」を追及するマスコミはもっと決定的な証拠を提示すべきであった。
こうした「疑惑」だけで報道を煽ったのが改憲に反対する一部の左派マスコミだった。改憲姿勢を打ち出す政権を叩きたいがあまり、事実を報道せずに攻撃したことで、報道の質の劣化ぶりを露呈してしまった。(元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)



