主張

カタカナ語 意味を理解し賢く使おう

 言葉は時代を映す鏡である。インターネットが普及し、パソコンやスマートフォンのメールがコミュニケーションに欠かせない今、カタカナ語の多用も事ほどさように日常だ。ただ、その意味を本当に分かって使っているのかは疑問である。

 日常使われる外来語や外国語などのカタカナ語について、8割以上の人が「意味が分からず困ることがある」という。文化庁の平成29年度国語に関する世論調査で、5年前に比べて5ポイント増えた。日常生活でカタカナ語を交えて話し、書くことについては、全体の49%が「別に何も感じない」と答えた一方、「どちらかというと好ましくない」とする人も36%いた。

 「好ましくない」と思う人に理由を尋ねると、63%が「カタカナ語は分かりにくいから」、次いで「日本語の本来の良さが失われるから」(39%)と答えた。多用の一方、一部のカタカナ語が定着していない実態が浮かぶ。

 興味深いのは、官公庁の公用文でのカタカナ語使用について聞いた結果だ。ガイドライン(指針)やワーキンググループ(作業部会)は約4割がカタカナ語と漢字が同じ意味だと認識し、定着したことが分かる。ところが、インバウンド(訪日外国人旅行〈者〉)やコンソーシアム(共同事業体)は5割以上がカタカナ語の意味が分からないとした。

 長い歴史を振り返れば漢字も外来語である。古代の日本人は漢字から、ひらがな、カタカナを派生させて日本固有の音節文字を作った。パンやカルタのような「日本語」も多い。外来文化をうまく取り入れるのは日本の長所だ。

 公文書をはじめ、ネット時代の到来で縦書きが減り、横書きが主流になった。そこにも問題があるのではないか。横書きはカタカナ語の違和感を軽減する。

 作詞家の阿久悠さんは「手書き縦書き」にこだわった人だった。スタッフに頼んで自身のホームページを縦書きにし「これが結構大変なことらしいのだが、らしさを訴えるためには譲れない」(「文楽(ぶんがく)」から)と書いている。

 もはや、カタカナ語を排除することはできないだろう。「電子手紙(メール)は情報伝達(コミュニケーション)に便利」では、もどかしい。浸透度を見極めつつ、意味を理解し賢く正しく使うことが肝要である。

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