「サラリーマン」という和製英語が登場したのは、諸説あるものの、大方は大正期とする見方で一致している。日本サラリーマン・ユニオンなる団体の発足は大正8年である。
以前は月給取り、勤め人などといっていた。「腰弁」なる言葉もあった。腰に弁当をぶらさげて出勤する姿である。さっそうとしたイメージではないが、打ちひしがれている感じでもない。どことなくユーモラスである。
サラリーマンという言葉には、単なる「給与所得者」というにとどまらない響きがある。大正期にあって、それは明るく、都会的な憧れの職業だった。南大阪新聞で働き始めた吉田禎男もその一人だった。
吉田は回想録で、大正10年ごろは就職難の時代だったと書きとめている。「大学出といえば雇ってくれないので、わざわざそれを隠す者さえいた」(※1)。小さいとはいえ新聞社に入社し、得意とする文筆でそこそこの給与を得るのはうれしかったはずだ。
