サバはどこへ行ったのか。近年、日本海側では漁獲に持ち直しの兆しが見える一方、太平洋側では漁獲量がわずか6年で約6分の1に減り、魚体も小さくなった。多くの人は、この異変を地球温暖化の影響と考えた。だが、東京大の研究チームは観測史上最長の黒潮大蛇行に着目した。本州南岸で南へ曲がった黒潮が、東北や北海道沖のサバを追い詰めているのではないか。コンピューター上の海に無数のサバを泳がせると、その運命を左右していた、思いもよらない海の仕組みが浮かび上がった。
太平洋サバの異変
サバは塩焼き、みそ煮、しめサバ、缶詰と、日本の食卓に欠かせない。主に水揚げされるのはマサバとゴマサバで、中でも漁獲が圧倒的に多いのがマサバだ。太平洋側のマサバは、四国沖や紀伊半島沖、伊豆諸島周辺などで産卵する。孵化(ふか)した子供の多くは、南から暖かな海水を運びながら日本の太平洋岸沿いに北上する黒潮に乗り、房総半島沖へ運ばれる。黒潮は房総半島沖で東へ向きを変え、「黒潮続流」となるが、成長して泳ぐ力がつくと、黒潮続流を横切ったり抜けだしたりして、三陸沖や北海道東方沖の餌が豊富な海域へ向かう。夏から秋に北の海でたっぷり餌を食べて成長し、冬には黒潮を避けて岸に近い海を南下。成魚になると産卵場へ戻って卵を産む。日本列島を南北に往復する壮大な旅だ。
ただ、卵や孵化したばかりの幼魚は、まだ自力で行き先を選べない。マサバの巡航速度は1秒間に体長の2倍ほど。秒速2メートルにもなる黒潮に正面から逆らうには、単純計算で体長1メートルが必要で、流れを離れるには体長10センチほどまで育つことが一つの目安になる。それまでは海流に押し流される影響の方が大きい。幼いマサバにとって黒潮は、餌の豊かな海の近くへ運んでくれる命のベルトコンベヤーであると同時に、その流れ方次第で生死を分ける存在なのだ。
そのマサバが近年、日本海側と太平洋側で明暗を分けている。東シナ海から日本海に分布する「対馬暖流系群」は、漁獲量が2020年に7.9万トンまで落ちた後、24年には13.5万トンへ増え、持ち直している。一方、房総沖から東北・北海道沖が主な漁場の「太平洋系群」は深刻だ。漁獲量は18年の30.1万トンから、24年には4.8万トンへ急減。わずか6年で約6分の1になった。数だけではない。24年漁期の太平洋側のマサバは、成長の遅れが目立たなかった2011~14年漁期より、どの年齢でも軽い。0歳魚は平均約147グラムから93グラム、1歳魚は約321グラムから209グラムへ減った。
マサバが育つ東北・北海道沖では、同じ時期に海水温が平年より異常に高い状態が長く続いた。こうした現象は「海洋熱波」と呼ばれる。魚が減り、小さくなり、海が暖まれば地球温暖化を疑うのが自然だ。高水温やマイワシなどとの餌の奪い合いが疑われたが、異変を説明し切れなかった。
黒潮が紀伊半島南端の潮岬沖で岸を離れ、東海沖を大きく南へ迂回(うかい)する状態が長く続くのが黒潮大蛇行だ。直近の大蛇行は2017年8月から2025年4月まで7年9カ月続き、観測史上最長となった。漁獲の減少と東北沖の海洋熱波は、その時期とほぼ重なる。大蛇行は、マサバを運ぶ海流と育つ海を変えたのだろうか。

