エスペラントの受難『危険な言語』ウルリッヒ・リンス著、石川尚志・佐々木照央・相川拓也・吉田奈緒子・臼井裕之訳

<書評>評・千田俊太郎(京大教授)

『危険な言語』

『危険な言語』ウルリッヒ・リンス著、石川尚志・佐々木照央・相川拓也・吉田奈緒子・臼井裕之訳(国書刊行会・3960円)

エスペラントはいかなる言語か。理想主義者の言語なり、人工言語、オタクどもの言語なり、否、そもそも言語にあらず。評者なら今どきのオープンソースみたいな思想に基づく言語とするところだが、エスペラント史「第一の基本文献」ともされる本書は、その使用者が迫害されてきた「危険な言語」の烙印を題名とする。

原著者リンスはこの言語の誕生と、中立主義の主張むなしくイデオロギーについてかけられた嫌疑から説き起こし、ナチズムとスターリン主義の体制下におけるエスペラント使用者の弾圧についてそれぞれ詳述する。エスペラント活動で命を落とした人もあれば、体制に迎合しユダヤ人の追放を試みたエスペラント団体もあった。創始者ザメンホフの同族が締め出されるエスペラント団体!創始者の家族は悲劇的な運命をたどる。

アジアへの言及は少ないが、「ドイツの同盟国の中で日本だけが」その「エスペラント運動が戦時中も迫害されなかった」ことに触れるくだりでは、同時に、植民地では事情が異なり、「朝鮮でエスペラントを公に宣伝したり学んだりすることも、厳しく禁じられた」ことを指摘する。本書後半に示される、ソ連でのロシア語の特権的な地位の確立とエスペラント迫害の構図とオーバーラップする。

原著は恬淡と話を運ぶが文体は重厚である。英語版訳者は「原著より読みやすかった」と褒められ、「リンス先生はドイツ語話者だからね」と応じたと聞く。邦訳者が「平明な翻訳を心がけた」とことわるのもむべなるかな、それでもなにか文体の「臭味」の残る訳は信頼できる。

エスペラント原作の本書は1973年に京都で生まれ、「民族語」に翻訳・出版されたのも日本が初めてだった。原書は1988年に大幅増補、ソ連側の資料が手に入ると2016年にさらに改訂され、新訳が待望されてきた。学術的な性格が強い上、資料や注の多い書が安い定価で刊行されたことを歓迎したい。

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