北千島ゆかりの船
明治初期に建造され、日清、日露の戦役に参加した海軍の砲艦に「磐城(ばんじょう)」がある。両戦役後は、主に測量業務に従事した。
磐城は〝北千島ゆかりの船〟とも言える。明治26年、海軍予備役大尉、郡司成忠(しげただ)が「報效義会(ほうこうぎかい)」のメンバーを率い、手漕(こ)ぎボートで北の島を目指したときに海軍軍艦がサポートしたことは以前、書いた。その軍艦が磐城である。
明治初期に建造され、日清、日露の戦役に参加した海軍の砲艦に「磐城(ばんじょう)」がある。両戦役後は、主に測量業務に従事した。
磐城は〝北千島ゆかりの船〟とも言える。明治26年、海軍予備役大尉、郡司成忠(しげただ)が「報效義会(ほうこうぎかい)」のメンバーを率い、手漕(こ)ぎボートで北の島を目指したときに海軍軍艦がサポートしたことは以前、書いた。その軍艦が磐城である。