80年前の昭和20年2~3月、東京都の南1250キロにある硫黄島で、日米両軍が死闘を繰り広げた。先の大戦で連合軍が圧倒的な兵力で反撃に転じて以来、米軍の戦死傷者が日本軍を唯一上回った戦闘。絶望的な島嶼(とうしょ)戦の中で、日本軍にとってその後に予想される本土決戦に必要な戦訓を学ぶことができた戦場でもあった。
硫黄島は東京-サイパン島のほぼ中間に位置する。19年7月9日、米軍は4万人の守備隊がいたサイパンを約3週間で落とし、爆撃機B29による東京など大都市圏への本格的な本土空襲を射程に収めた。硫黄島はその中継点として手に入れたい地であり、日本にとっては死守すべき要だった。

