誰でも人に怒りを覚えることはある。ではその怒りをどう扱うか。最初はぼんやりそんなことを考え、やがて「償い」や「赦(ゆる)す」とは何か、現代にも通じる重く普遍的な問いが浮かんできた。答えはあるのか。
有名な「青の洞門」の物語をもとにした小説である。主人の妾(めかけ)に手を出し、刃傷沙汰になった主人公の市九郎は抵抗するうちに主人を殺してしまう。自殺も覚悟したが妾に促されて逃亡し、さらに悪事を重ね、人を殺していく。しかし市九郎はあるきっかけで過ちに気づき、出家した。一方で主人の遺児、実之助は親の敵(かたき)を追う。これは敵討ちが許された江戸時代の話だ。
諸国行脚の中でたどり着いた九州の山国。絶壁の難所で何人もの通行人が命を落としてきたことを知る。市九郎は贖罪のため洞門を掘り抜くことを決意する。村人に笑われながらも黙々と掘り続けた。何年も何年も。
