プロ野球の大谷翔平(日本ハム)が投打の二刀流で活躍すればするほど、1980年代の高校野球を知るファンの想像をかき立てる幻の好打者がいる。PL学園(大阪)のエースとして戦後最多の甲子園通算20勝を挙げ、甲子園歴代2位タイの6本塁打も放った元巨人などの桑田真澄氏(48)だ。プロ通算173勝の大投手が打者を志していたらと空想したファンも多いだろうが、PL時代の恩師、中村順司氏(70)=現・名古屋商科大野球部総監督=の見立てとは…。
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2015年夏の甲子園で、打者・桑田にスポットライトが当たった。きっかけは、早実(東京)の1年生だった怪物スラッガーの清宮幸太郎。1年夏の甲子園で1大会2本塁打の離れ業をやってのけたのだが、これは1983年夏に桑田がマークして以来史上2人目の快挙だった。
高校時代の桑田を知らないファンにすれば意外だったかもしれない。しかし、桑田が5回出場した甲子園で放った6本塁打は、「KKコンビ」を組んだ同級生チームメートの主砲・清原和博(元西武など)が記録した13本塁打に次ぐ大記録。桑田は高校球界を代表する強打者だった。
打った舞台と相手も印象深い。83年夏の甲子園準決勝で対戦したのは3季連続の甲子園制覇を有力視されていた池田(徳島)で、マウンドに立ちはだかったのは140キロ超の直球を武器にした水野雄仁。この年のドラフトで巨人の1位指名を受ける3年生の剛腕から、左翼席へ外野手が追おうともしない特大の本塁打をたたき込んだのだ。ちなみに、プロ通算525本塁打を誇る清原はこの試合で水野に4打席4三振を喫している。
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高校時代に桑田を指導した中村氏は、打者・桑田をどのようにみていたのだろうか。「桑田は打者でも大成していたと思いますか」と単刀直入に尋ねてみたところ、返答は「桑田はピッチャーでしょう。バッターとして考えたことはあまりない」。リップサービスもなく、拍子抜けするようなそっけなさだった。
ただ、中軸で起用したこともあったように打者として評価していなかったわけではなく、投手としての能力にほれ込んでいたようだ。「甲子園で20勝を挙げる投手はもう出てこないでしょう。しかもあえて直球とカーブしか投げなかった。1年生であれだけの球をほうる投手は桑田以外にみたことがない」と口をつくのは絶賛の数々。中学までは投手で甲子園のマウンドも踏んだ清原が、桑田が投げるボールをみて投手断念を決意したというのも有名な話だ。
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桑田が甲子園で残した打撃成績は104打数37安打、打率3割5分6厘。ほぼ同じ投手と対戦した清原の91打数40安打、打率4割4分には及ばないまでも文句なしの好成績だ。プロ入り後も投手に専念しながら、890打数192安打の打率2割1分6厘、7本塁打の数字を残した。恩師が認めた投手としての才能を存分に発揮したスターではあった。だが、甲子園で残した打撃の印象も鮮烈だっただけに、打者として歩んだかもしれない野球人生を夢想せずにはいられない。




