脊髄損傷者専門のジムの代表で、自らも脊髄を損傷し、「一生歩けない」と覚悟していた伊佐拓哲(たくのり)さん(33)が、22日に脊髄損傷者が集まるイベントで再歩行に挑む。今は亡き親友と二人三脚で鍛えてきた伊佐さん。親友の遺志を胸に「回復に限界はないことを知ってほしい」と訴えている。(石野哲郎)
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学業や趣味のバレーボールに打ち込んでいた大学生だった伊佐さんが車いすの生活を余儀なくされたのは平成14年、20歳のときだった。テレビ番組の収録でアスレチック競技に挑んでいた際、重さ50キロの玉が頭に当たり頸椎(けいつい)を骨折、胸から下がまひした。
米の専門施設で衝撃
約1年の入院生活を終えたころ、講演会で米国サンディエゴに脊髄損傷者専門のトレーニング施設があることを知る。くしくもサンディエゴは中学からの親友、渡辺淳さんの留学先。「鳥肌が立った。もう行くしかないという感じだった」




