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京都市中京区のホテル建設予定地から、平安京の宮内で約百数十年間にわたって物資を運んでいたとみられる水路跡が見つかり、民間調査団体「古代文化調査会」(神戸市)が、17日発表した。水路は平安宮の東端を南北に通る大宮大路(現在の大宮通)を横断していた。文献や記録にもない遺構で同調査会は「平安宮当初の運営を知る重要な史料になった」と評価する。
左京二条二坊二町(現在の二条城北側部分)にあたる4745平方メートルを調査した。現在の竹屋町通などにあたる大炊御門(おおいのみかど)大路は、これまで道幅は30メートルでこのうち南側溝の幅は1・2メートル深さ数十センチとされてきたが、今回の調査では約1・4メートル、深さ約1メートルと、規模がひと回り大きい水路であることが判明した。
さらにその水路は大宮大路を横断し、平安宮近くまで達し、同大路のほぼ中間地点で幅3・1メートル、深さ2・6メートルのひときわ広い空間を設けていた。荷揚げが行われていた可能性も考えられるという。
平安京では当時、荷の運搬や排水などを目的とした河川がいくつも流れ、大宮大路沿いを流れる大宮川の存在が知られ、水路はこの大宮川につながる可能性もあるという。
この水路は一緒に出土した土器などから、平安京造営当初から10世紀中ごろまで存在したが、その後は埋められ、表面に小石を敷き詰めて路面となったことが確認されたという。




