昭和49~50年の連続企業爆破事件で、関与した過激派「東アジア反日武装戦線」の「さそり」グループメンバー、桐島聡容疑者(70)とみられる男が29日、死亡した。今後、警視庁公安部は本人と特定すれば容疑者死亡で書類送検する見込みだが、本人が刑に服す道は絶たれた。過去には、桐島容疑者との共謀が指摘された事件で、無期懲役判決を受けたメンバーもいる。
一連の事件を巡っては、東アジア反日武装戦線メンバーで公安部が関与を特定した10人のうち、桐島聡容疑者だけが一度も逮捕されずに潜伏を継続した。
桐島容疑者は同戦線内の3グループのうちの1つ、さそりグループに所属。同グループのリーダー格だった黒川芳正受刑者は、昭和50年5月の公安部によるメンバーの一斉逮捕時に逮捕された1人で、一連の爆破事件のうち、鹿島建設爆破事件(49年12月)や間組爆破事件(50年2月)などを起こしたとして、62年に無期懲役刑が確定した。これらの事件では、桐島容疑者との共謀関係が指摘されている。
また、一斉逮捕時は行方が分かっていなかった同じさそりグループの男性は、7年後に逮捕され、平成2年に懲役18年が確定した。
桐島容疑者は、昭和50年4月に東京・銀座の韓国産業経済研究所入り口ドア付近を手製の時限爆弾で爆破した疑いで、同5月に指名手配された。約半世紀が過ぎた今月25日、神奈川県内の病院に入院中の男が「桐島聡」を名乗ったとの情報が寄せられ、公安部が身柄を確保したが、男は29日に病死した。




