若手ピアニストの牛田智大(ともはる)が1月、チェコのプラハ交響楽団と初共演、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を演奏する。「ラフマニノフは共感する作曲家の一人です。ロシアでは神格化されています。壮大な音楽ですが、壊れてしまいそうなはかなさもあります」と話す。
偉大でもろいラフマニノフ
プラハ交響楽団は1934年、ルドルフ・ペカーレクによって創立。バーツラフ・スメターチェクが42年、首席指揮者に就任し、30年間にわたって同楽団を牽引しオーケストラを発展させ、国際的な名声を得た。今回は2020年に首席指揮者に就任したトマーシュ・ブラウネルに率いられての来日。ブラウネルはプラハ国立音楽院でオーボエと指揮を学び、プラハの舞台芸術アカデミーをラドミル・エリシュカ教授のもとで卒業。2010年、ミトロプーロス国際指揮者コンクール入賞。18年から21年までボフスラフ・マルティヌー・フィルの首席指揮者を務めた。
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は人気曲。牛田も何度も演奏した経験がある。
「プラハ響はドボルザーク、スークやヤナーチェクといった作曲家から受け継いだもの悲しさと優しさを含んだ弦楽器の音色、そして語りかけるような管楽器の音色が魅力的なオーケストラです。ラフマニノフは偉大ですが、もろい部分が同居しており、それが求心力になっています。ラフマニノフはピアニストでもありました。指に負担がかからないように少しずつ複雑になっていきます。プラハ響との共演が音楽にどんな影響を与えてくれるのか、どんな反応が生まれるのか今から楽しみです」と話す。
15歳で「基礎から勉強」
牛田はまだ24歳。しかし、デビュー以来12年というキャリアを持つ。小学6年のとき、日本人ピアニストでは史上最年少でCDデビューしている。ショパン国際ピアノコンクール in ASIAで5年連続第1位などの実績があり、「天才ピアニスト」と喧伝された。
「当時は背伸びした曲を弾かなくてはいけませんから、新しい作品を勉強しながらプログラムを作っていました。レパートリーのストックがなかったので、90分のプログラムが組めなかった。成長段階にあったのにそれを無視してとにかく新曲を演奏しました。プレッシャーはすごくありました」と振り返る。
ピアノを習っている子供たちにとって、少し手を伸ばせば届く存在のように言われた。テレビの露出は多く、ファンやピアノに興味を持つ人を増やしたことは間違いない。才能に年齢は関係ないといわれる。これまでも若くして認められた演奏家はたくさんいる。しかし、クラシックは数百年の歴史を超える芸術性、普遍性を持ち、演奏家は一生作品の探求を続けなければならない。
「ファンの方は私の成長の過程を面白がって聴いてくれました。リハーサルでオーケストラと音が合わなくなり、指揮者の先生に控室で教わったこともありました。仕事に追われ、ジレンマはありました。基礎を埋める機会がないまま仕事が始まってしまいました。15歳のときにロシアの先生に出会い、ちゃんと基礎から勉強しようと思いました。そしてベートーベンの勉強を始めたのです」
来年は室内楽も
2018年、浜松国際ピアノコンクール第2位に入賞。子供時代とは違ったキャリアを積み重ねている。
「今では同年代の音楽家が増え、一種の孤独感のようなものはなくなりました。ジレンマをちょっとずつ修正して、最近、やっと人間になったかな。張りぼてが大きくなったようで、やっと中身が入ってきました」と正直に素直に話す。
3月にはリサイタルも予定されている。
「来年は室内楽も始めようと思っています」
牛田が出演するプラハ響の公演は1月5日、札幌コンサートホールKitara、7日、ハーモニーホールふくい、9日、東京芸術劇場。ほかにドボルザーク「交響曲第9番『新世界より』」。12日、ミューザ川崎シンフォニーホール。ドボルザーク「チェロ協奏曲」(チェロ:岡本侑也)、スメタナ「ボヘミアの森と草原から」(「わが祖国」より)。ほかに11、14日、サントリーホールなど。
ピアノ・リサイタルは3月22日、東京オペラシティコンサートホール。シューマン「クライスレリアーナ」、ショパン「即興曲第1~3番」ほか。
(江原和雄)






