「池田」にはいろんな〝代名詞〟が付いている。安藤百福氏編でご紹介した『事始めのまち』にはじまり、『落語のまち』『植木のまち』『卓球のまち』。なんと『日本一信号を守るまち』というのもある。なんのこっちゃ…。そこで大阪府池田市広報広聴課の松永正士課長に《私の池田自慢》を聞いた。「池田市はNHKの朝ドラで2度も舞台になったんですよ」。それはすごい! そして筆者のお勧めは〝三成伝説〟である。
全国に700以上ある「市」の中で、2度もNHK朝の連続テレビ小説の舞台になったのは「池田市」しかない。まさに快挙。
ひとつはすでに紹介した「チキンラーメン」を発明した安藤百福、仁子夫妻をモデルにした『まんぷく』(平成30年10月~31年3月)。そしてもうひとつが『てるてる家族』(15年9月~16年3月)だ。
作家で作詞家のなかにし礼さんの小説『てるてる坊主の照子さん』をドラマ化したもので、舞台は池田市の商店街。製パン店と喫茶店を営む岩田一家のドラマだ。
ここ一番になると軒に〝てるてる坊主〟をぶら下げて願掛けする楽天家の母・照子を浅野ゆう子が演じた。夢を追ってノビノビと成長する岩田家の美人4姉妹。(長女・春子=紺野まひる、次女・夏子=上原多香子、三女・秋子=上野樹里、四女・冬子=石原さとみ)。そんな岩田一家の底抜けに明るいミュージカルのような物語。
実はこの一家のモデルになったのが『ブルーライトヨコハマ』を歌った歌手で女優のいしだあゆみさん(次女)の家族なのだ。
長女はグルノーブル冬季五輪に出場したフィギュアスケート選手の石田治子さん。四女がのちに、なかにし礼さんと結婚した歌手の石田ゆりさん。
実家があった阪急池田駅前の「サカエマチ一番街」は、今でも多くの人でにぎわっている。
「三成」語り継ぐ
さて、筆者のお勧めは〝三成伝説〟。呉服(くれは)神社や伊居太(いけだ)神社に伝わる〝織姫伝説〟に負けない物語だ。
1600年、関ケ原の戦いに敗れた西軍の将・石田三成。本人は捕縛されて打ち首となったが、正室の子3男3女の遺児たちは無事逃げのびたといわれている。そして側室の子も-。
その一人が石田千代丸。まだ、乳飲み子だった千代丸は石田家の軍旗に包まれ、乳母の里の池田尊鉢村(現在の池田市鉢塚辺り)に遺臣とともに落ち延びて隠れ住んだ。その後、石田四郎右衛門と名乗り、1646年に亡くなった-との伝説が残る。
その千代丸を包んだ「軍旗」が1801年に同地の真言宗寺院「一乗院」に収められ、境内には一枚岩で作られた「石田三成軍旗塚」という石碑がある。
池田の尊鉢周辺には「石田」姓の家が多く、筆者の中学(池田市立渋谷中学)の同級生・石田喜休男さんも「石田姓であることを誇りに思っている」という一人だ。
「なぜ、徳川幕府は遺児たちを追討しなかったのでしょうね。そこにロマンを感じますね」と松永課長も目を細めた。
スポーツが盛ん
筆者の「池田自慢Ⅱ」は母校の府立渋谷高校だ。平成2年、当時2年生で「四番打者」だった中村紀洋選手(のちプロ野球選手)を擁し、大阪府内の公立高校として8年ぶりに夏の甲子園大会に出場したのだ。
以来、33年間、夏の大会で公立高校が大阪代表になったことはない。がんばれ公立!
母校といえば俳優・菅田将暉の母校が府立池田高校。実はお隣の豊中市にある府立豊中高校とともに〝高校アメフト〟発祥の学校なのである。
戦後、進駐軍がタッチフットボールの普及を目指し、その先駆けとして昭和21年秋、両校(当時は中学校)が指導研究指定校に選ばれたのだ。
「事始めのまち」の発祥企業
「事始めのまち池田」というだけあり、池田発祥の企業が多くある。その中の一つが『池田銀行』(現・池田泉州銀行)である。
昭和26年、戦後5番目の地方銀行として誕生した。初代頭取は清瀧幸次郎氏で池田信用組合を母体として設立された。
本店があった池田市栄本町の跡地には現在、落語の博物館「落語みゅーじあむ」が建っている。
「実はね、その清瀧さんに〝銀行を作りなさい〟と勧めたのが一三なんですよ」と教えてくれたのが、「小林一三記念館」の仙海義之館長だ。
当時、池田には大手銀行の支店はいくつかあった。だが、大きな商談になると「本店と相談しますので」となる。そこで小林一三氏が清瀧氏を説得した。
「池田に本店がない銀行では話が遅い。地元の中小企業のために池田に銀行を作りなさい。私(阪急)が応援します」
一三氏は設立当初から池田銀行の相談役を務めた。その「縁」で、昭和43年から池田泉州銀行ではイメージガールとして「宝塚歌劇団」の娘役を起用し続けており、現在は12代目。宙組トップ娘役の春乃さくらさんが務めている。
ちょっとええ話
池田市の観光大使は、マンホールのふたにも描かれているチキンラーメンのキャラクター「ひよこちゃん」だけではない。なんとあの〝織姫伝説〟の呉織(クレハトリ)、穴織(アヤハトリ)の姉妹が観光大使になっている。
毎年「いけだ織姫コンテスト」が行われ、ことしは8月26日に最終選考。第7代織姫姉妹が決まった。(田所龍一)









