10万人以上が犠牲になった大正12(1923)年の関東大震災。東京や横浜の街が炎に包まれ、多くの命が失われた。阪神大震災や、11日で発生から12年2カ月となる東日本大震災を経験した災害大国の日本では、南海トラフ巨大地震や首都直下地震の懸念があり、5日には北陸で震度6強の地震が発生したばかり。もし、100年前の関東大震災と同規模の地震が首都圏を襲ったら…。防災対策を検討する政府の作業部会で主査を務める福和伸夫名古屋大名誉教授の見解から、そのとき何が起きるのか、課題とともに探った。
人口4倍 焼死者100分の1
ある土曜日の正午前、東京の住宅街。道行く人のスマートフォンから緊急地震速報のアラームが鳴り響いた。午前11時58分、神奈川県小田原市周辺を震源とするマグニチュード(M)7・9の地震が発生した。
関東大震災では昼食の支度をしていた多くの家で七輪などが倒れ、火の手が上がった。強風にあおられ、炎を伴う竜巻状の渦(火災旋風)も発生。犠牲者の大半は焼死だった。
東京の人口は約370万から約1400万人と100年で4倍近くに増えた。しかし、木造家屋が減少する一方、建物の耐震化や不燃化が進んだことで、焼失家屋は6分の1以下、焼死者の数は100分の1以下になると予測されている。
東京都の被害想定では、関東大震災クラス(M8)の地震で被害を受ける建物は5万4962棟。このうち火災による被害は半分以下だ。死者は1777人(うち火災で556人)と想定されている。
しかし、現代の都市ならではの懸念もある。
福和氏は「長くゆっくりと揺れる長周期地震動に伴う災害に注意が必要」と指摘する。地震動の周期と建物が揺れやすい固有周期が合致し共振すると揺れが増幅。高層階ほど振り子のように大きく揺れる。はしご車も届かない超高層ビルで火災が発生すれば、救助活動は困難が伴う。
埋め立て地が多い湾岸部では液状化が発生し、水道管が破裂することも考えられる。道路上のマンホールが浮き上がって車が通れなくなり、消火活動が難しくなる恐れもある。
鉄道運休で出社困難者増
100年前の土曜日は学校も役所も午後だけが休みの「半ドン」だった。週休2日制が定着した現代、役所や多くの企業は土曜日も休日だ。鉄道が地震で運転を見合わせた場合、帰宅困難者だけでなく、「出社困難」になる人が増えるという問題も浮上する。
福和氏は「医師や警察官らエッセンシャルワーカーやインフラ関係者、企業で災害対策などを担当する職員も都心に出勤できなくなり、さまざまな復旧が遅れる」との見方を示す。
関東大震災では東京や横浜の市電(路面電車)網が甚大な被害を受けた。東京では半分以上の市電の軌道が類焼で使えなくなった。約1週間後には復旧が本格化。3カ月間でおおむね復旧したが、全線の完全復旧に1年を要したとされる。
現代では首都圏の鉄道は1日に約4千万人を運ぶ。橋梁(きょうりょう)などの耐震化も進むが、目立った被害がなかった場合でも、線路や車両、信号設備などの安全確認に時間を要することになる。
コンビニ品薄、通信障害…
電力需給の逼迫(ひっぱく)も深刻だ。周波数が東西で異なるため、東西間で電力を融通する場合は周波数変換設備を通す必要がある。
また、東日本大震災の発生後、首都圏でも燃料や日用品を中心に、商品が店頭から姿を消した。消費者が買いだめに走ったこともあるが、多くは生産や輸送上の問題が発生したためだ。
「100年前と今ではサプライチェーン(供給網)の構造が全く違う」と福和氏は指摘する。特に、日に何度も搬入があるコンビニエンスストアには在庫がなく、物流が止まればすぐに品薄状態となる。
あらゆるものが東京に一極集中した結果、ひとたび災害が起これば脆弱(ぜいじゃく)さを露呈する。災害の直後には安否確認などのため被災地への電話が急増して特定の交換機に集中し、通信能力が著しく低下する「輻輳(ふくそう)」と呼ばれる現象が起きる。
情報の心臓部である「データセンター」も首都圏に集中。福和氏は「家屋などの被害よりも、通信機能が止まることによる経済被害が大きい」とみる。
電気や通信が途絶えることでデマが拡散する恐れも懸念される。「『富士山が噴火しそう』といった、あり得そうなデマが出回った場合、即座に否定するのは難しい。確かな情報を提供する報道機関が災害時に取材力を維持し、どこまで情報提供できるかが問われる」(福和氏)という。
この100年で日本の高齢化が進み、総人口に占める割合(高齢化率)は現在、3割近くに達する。高齢の単身世帯も増え、介護に頼る人も少なくないが、大規模災害の直後にどこまで介護サービスを維持できるのかは未知数だ。
福和氏は強調する。
「故郷がない人も増えており、災害後の疎開先も見つけづらい。近所づきあいがなく、地域のコミュニティーも弱い都会では、どうしても行政への依存度が高くなるが、公助の力にも限界があるのが現実だ」
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大正12年9月1日の関東大震災発生から今年で100年。この災害大国でどう身を守ればいいのか。過去の災害が残した教訓や想定される被害状況などからその術を探る。(大竹直樹)






