勇者の物語

逃げた球団巨人との「喧嘩」回避、江川指名せず 虎番疾風録番外編217

昭和53年プロ野球ドラフト会議 巨人が江川問題でドラフト会議ボイコット
昭和53年プロ野球ドラフト会議 巨人が江川問題でドラフト会議ボイコット

■勇者の物語(216)

昭和53年11月22日午前11時、東京都千代田区のホテルグランドパレスで行われた「第14回ドラフト会議」には巨人を除く11球団が出席した。

会場は異様なムードにつつまれ、前から3列目、巨人の首脳が着席するはずだった10番テーブルには、氷水の入ったポットと5つのグラスが置かれていた。

午前11時10分、1回目の投票が始まった。これまでのように「イの一番」の指名球団を決める「指名巡抽選方式」ではなく、今回からは各球団が希望選手を書き込んで抽選する「入札方式」を導入。事前調査では広島と大洋が木田勇投手(日本鋼管)。西武が森繁和投手(住友金属)。あとの9球団(巨人を除くと8球団)が江川指名-となっていた。

巨人の〝横暴〟許すまじ! 阪神の小津球団社長も電撃発表のあとすぐさま会議に出席する岡崎代表へ「必ず江川を1位指名するように」と指令を飛ばした。

「これはドラフト制度の破壊である。プロ野球を繁栄させ、守っていこうという精神からして断じて許されない」

小津社長の意気込みに大阪の編集局も「その通りだ!」と沸き返っていた。

入札選手の読み上げが始まった。「南海、江川卓、投手、23歳、作新学院職員」。「お、おおっ…」というどよめきが起こる。だが、江川を指名したのは南海、阪神、ロッテ、近鉄の4球団だけ。阪急は広島、大洋とともに木田を指名。日本ハム、中日、ヤクルトも江川を回避し森を指名した。

逃げた球団にも言い分があった。ヤクルトの広岡監督は「世間を騒がせるような選手は問題がある-という球団の方針に納得した」と語った。そしてある球団関係者はこんな本音を漏らした。

「今は球界も巨人に対して厳しい態度に出ているが、それもどこまで続くか分からない。指名権を取ったところで必ず江川を獲得できる-という保証もない。結局は巨人との〝喧嘩(けんか)〟になる。それだけは避けたい」

この日、午後3時過ぎ、正力オーナーは緊急会見を行い、今ドラフトの「無効」を金子コミッショナーへ提訴し、その結果しだいで「さらなる方法を考える」と語った。それはリーグ脱退-新リーグの結成。そのときに〝仲間〟に入っておきたい。それが逃げた球団の本当の理由だった。(敬称略)

■勇者の物語(218)

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