これを受け、県は、漁業組合設置に関する文書の存在を調査。県公文書センターに「竹島貸下(かしさげ)海驢(あしか)漁業」と題した竹島関連文書のつづりがあり、その中に、中井らが明治39年6月、県に提出した「竹島漁業組合設置認可申請」などの書類を確認した。
当時、県はこの申請について国と協議し、国は不許可とする意見を伝達。県はこれを基に「住所を有しない竹島への出稼ぎ目的の出漁であり、漁業組合を設置すべきものではない」と漁業法に基づいて判断、不許可とした-などの経緯が、残された文書から判明した。
隠岐の島町は、町内の「久見竹島歴史館」で、これらの資料の展示を検討している。
県竹島資料室は「漁業組合設置の動きは、これまでほとんど知られておらず、貴重な資料といえる。結果的に申請は却下されたとはいえ、県が竹島をめぐって行政権を行使した証拠。こうした事実を積み上げていきたい」としている。



