東京電力福島第1原発事故では、保安院はまったく役に立たず、むしろ原子力ムラの一員として、事故の責任を負うよう外部から指摘された。しかし誰も責任を取ることはなく、職員の大半は規制庁の職員として滑り込んだ形だ。
更田氏はこの「保安院時代の復活」を恐れたのだ。
規制委は政治や事業者からも独立し、すべての会合や議論を公開する透明性をウリにして発足した。先祖返りかと思える規制庁の職員の対応に、更田氏は我慢ならなかったのだろう。
声を震わせながら…落ち着かない職員
更田氏の「差し戻し命令」を受け、翌週に開かれた12月24日の定例会合。
前週に叱責を受けた職員が再び姿をみせ、「一度説明を申し上げたが、ご指摘があり、改めて検討し直した」と切り出した。用意されたレジュメには、しっかりと原子力規制庁職員の名前が書かれていた。
説明中、この職員は机の上に手を出したり引っ込めたりと落ち着かない様子で、時折、声を震わせながら説明を終えた。
説明後、議論の口火を切ったのはやはり更田氏。眉間にしわを寄せながら、「役割と目的が明確になった。しかし、(基準をつくる)技術基盤課と、(実行する)規制部との連携を十分にとってほしい」とさらに要望した。
廃棄物の規制基準作りを担う田中知委員は申し訳なさそうに、「委員から意見があったことを十分に承る」と発言し、職員をおもんばかった。
それ以上何も発言はなく、田中俊一委員長は「本件はこれで了承したいと思う」と議論を早々に打ち切った。
田中委員長は記者会見で、更田氏に代わってこう弁明している。
「先祖返りするというリスクは常にわれわれ自身も意識をして、口酸っぱく言っている。廃棄物の基準づくりはちっとも前に進まなかった。やはり責任を持った人が責任を持った基準をつくらなければならないというのが1つの原因だ。そこの所に少し認識が甘いということで、もっと自覚や気概をもってやれというお怒りだったと思う」
更田氏の真意は、規制庁の職員の心に届いているだろうか。(原子力取材班)



