継承された「幻の名城」の設計思想 山梨・韮崎の新府城跡

真田丸ゆかりの地を行く

山梨県韮崎市の「新府桃源郷」は、一面に広がる桃畑の遠方に南アルプスの鳳凰三山を望む静かな農村地帯だ。4月中旬には柔らかなピンクの桃の花と、明るい黄色の菜の花の競演が美しかった。これからの季節は、まばゆい陽光が新緑に照り返す。一角に立つ小高い山が、戦国の世に武田氏最後の築城となった新府城跡とは思えない。本当に穏やかな光景だ。

新府城は1581年、武田勝頼が甲府・躑躅(つつじ)ケ崎から移って頑強な本丸の構築を始めたが、完成前の翌年3月、織田氏らの侵攻を前に持ちこたえられず、火を放って逃亡。武田氏は現在の甲州市大和町で滅亡した。

NHK大河ドラマ「真田丸」では、勝頼の逃げ場をめぐって激論が交わされた軍議が、序盤のヤマ場となった。真田氏を継いでいた昌幸は自らが擁する岩櫃(いわびつ)城(群馬県東吾妻町)を提案するが、勝頼は譜代・小山田信茂が主張する岩殿城(山梨県大月市)を目指すことに。その際、真田氏の人質はすべて解放された。

ドラマでは、草刈正雄さんが好演する昌幸の、何とも残念そうな表情が印象的だった。「真田丸」の時代考証を務める武田氏研究会の平山優副会長(山梨県立中央高教諭)に、「もし勝頼が真田氏と岩櫃城に逃げたら、歴史は変わったか」と尋ねると、「うーん、きっと諸共(もろとも)だったでしょう」。それくらい、当時の織田氏に勢いがあり、武田氏は疲弊しきっていたのだろう。

究極の選択の舞台となった本丸は、この山の頂上にあったとされる。いまは、新府藤武神社の石段を一気に駆け上がるか、外周のなだらかな坂道をゆっくりと上っていくか、2通りの行き方がある。

 石段を上がれば、本丸の「高さ」を体感できる。一方、外周をたどれば、甲州流築城術の一端を知ることができるという。

 途中にある「丸馬出(まるうまだし)」。平山氏は「武田流築城術の典型」と指摘する。城を囲む土塁に沿って半円形の堀を造り、両端を出入り口にすることで、敵の侵入や攻撃を防ぐ。武田氏が重要視した深志城(長野県松本市)や大島城(同松川町)などにも、丸馬出が採用されたという。

 新府城の外周には、大手門などの跡もあり、城の全景がイメージできる。頂上の本丸跡は桜の木に囲まれ、平らな広場のようになっている。4世紀以上も前に整地されたのだろうか。ここに城が築かれ、完成を見ずに焼かれたと思うと、とても不思議な気分になった。

完成を見なかった新府城だが、その設計思想は真田氏に継承されたといわれる。真田信繁(幸村)が大坂の陣で築いた大坂城南側の「真田丸」は、まさに新府城の丸馬出の形とされている。信繁は軍装を赤一色に統一した武田氏の「赤備え」も継承し、大坂の陣に臨んでいる。

平山氏によると、真田氏は武田氏が考案した部隊編成、官僚制度、朱印状による文書決裁なども学んだという。

新府城の古い案内看板には「部将真田昌幸に命じて築かせた」との表記があるが、これは根拠に乏しいようだ。ただ、築城にあたって、昌幸が自身の領内に工事への従事を命じた書状が残されている。武田氏への求心力が低下した時期に、昌幸が忠実に役割を果たしていたことがわかる。この書状は23日まで、山梨県立博物館(山梨県笛吹市御坂町)で開催中の「武田二十四将展」に展示されている。

新府城の見学後、ぜひ訪れたいのが釜無川対岸の韮崎市神山町にある武田八幡宮や、昨年のノーベル医学・生理学賞を受賞した大村智氏の生家周辺だ。大村氏が市に寄贈した「韮崎大村美術館」や温泉施設などがあり、ちょっとした人気スポットとなっている。

こちらから新府城の方向を望むと、地面とほぼ直角に切り立った「七里岩」と呼ばれる河岸段丘の上に、新府城跡があることがよく分かる。まさに自然の要害だ。後年、徳川家康も高く評価したという幻の名城。ここを反撃の拠点にできなかった勝頼と昌幸の無念が、今の世にも伝わってくる。(中川真)

新府城

山梨県韮崎市中田町。JR中央線新府駅から徒歩約10分。隣の穴山駅から「七里岩ライン」を歩けば、桃源郷とわずかに雪が残る鳳凰三山の遠景を楽しめる。ただし、交通量が多いので、歩行には注意が必要だ。中央自動車道韮崎インターチェンジからは車で約15分。簡易トイレ完備の駐車場もある。天候が良ければ、鋭角的な印象の勇ましい富士山も望める。

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