美術大学の教師をしているので、学生たちが描いた絵に日常的に接している。「美大で絵なんて勉強して、卒業後の生活はどうするんだ」と心配する人も多いが、いまの学生は「好きな絵はライフワークで」と割り切って、3年生になると就活やインターンにいそしむ。大人だなぁと頼もしく思う。
僕も美術大学で絵画を学んだ。2年生のとき、神戸の大震災と地下鉄サリン事件が立て続けにおこり「のんきに油絵なんか描いていて、このさき大丈夫なのか」と悩んだが、どっちにどう転んでも、絵を描いていく人生しかイメージできない閉じた環境だった。結局6年間大学にいて、残ったのは世相を反映した暗い絵ばかり。卒業後4、5年して実家の庭に積み上げて灯油をかけてほとんど燃やしてしまった。かなりの量だった。母はすごく悲しんだけれど。
その後、教師として大学に戻った僕は「芸術家を育てる」という偏った方針をなるだけもたないで学生たちに接するように心がけている。あたり前だけれど、美術大学は「画家になるための職業訓練」の場ではないのだ。
とはいえ、絵を描くことから僕たちは多くの大切なことを学ぶことができる。まず「計画」。描きたい作品の構想を練り、下絵をつくって構図を検証し、完成までの手順を考える。次に描く「技術」が必要だ。構想どおりにキャンバスに描き進めていけるテクニックを、粘り強く修得しなければならない。
絵が完成したら「プレゼンテーション」。教師や仲間に「何を表現したかったか」を、作品を前にきちんと解説できなければならない。教師からの批評や仲間との意見交換から、彼らはとても大切なことを学ぶ。つまり自分が表現したかったことが、きちんと他者に伝わったか。ズレが大きいなら手順をすべて検証しなければならない。「自分だけ分かればいい」という志向の人は、わざわざ大学になんてくる必要がない。
計画し、つくり、伝える。僕が考える「大学で絵を描くこと」とは、簡単に説明するとこの3つをくり返すことだ。そしてこれは美術の世界だけではなくて、卒業後に君たちが生きていく会社でも家庭でも、同じステップが大事なんだよと、僕はいつも学生たちに語りかけている。絵を描くことを通して自分を知り、他者や社会を知り、つながっていくこと。絵はそのためのツールなのだと。
美術大学で学び、古今東西の美術の歴史や名作について教養があり、美しいものを捉える感性と、表現できる手と言葉をもつ人。その人は、職業芸術家でなくたって構わない。例えば、書店員やケーキ職人や、果樹農家や市役所職員、料理人や介護福祉士で、その人が活(い)き活(い)きと働く職場や街は、まちがいなく素敵(すてき)なんじゃないかと思う。そんな人や場所が、これからの東北にたくさん増えていけばいい。
賢治の詩ではないけれど、東北の小さな街の、一教師でありながら、魂は自由な芸術家。そういう大人でありたいし、育てたいと思うのだ。
=次回は12月7日に掲載の予定です。
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【プロフィル】宮本武典
みやもと・たけのり 昭和49年、奈良県生まれ。平成11年、武蔵野美大大学院修了。海外子女教育振興財団の教員派遣プログラムでタイ・バンコクで教職に就き、仏・パリでの滞在研究を経て現職。地域社会に根ざしたアートプロジェクトを展開している。東日本大震災後、学生らと復興支援ボランティアチーム「福興会議」を組織した。



