『暴政株式会社』米新世代右翼の挑戦 ソーラブ・アマーリ著、会田弘継解説、寺下滝郎訳(東洋経済新報社・2860円)
第2次トランプ政権の目まぐるしい動きの背後で、米国の保守思想は大きな変化の時を迎えている。それを強く印象づけるのが、ポストリベラル右派のひとり、ソーラブ・アマーリの本書である。
米国の保守といえば、競争こそが正義とみなし、市場経済とそのもとでの企業活動、そして小さな政府を掛け値なしに擁護した。ところが41歳のバンス副大統領と同じ新世代の保守、アマーリの目に見えるのは、自由な競争という名のもとで強者が弱者にわが物顔で力をふるう米国の現実である。テックビジネスを含む企業あるいはヘッジファンドがささやかな暮らしを営んでいる人々や地域を虐げている現状を、アマーリは「私的暴政」と名づける。
適切に管理された資本主義と労働組合復権の必要を説くアマーリにとって、過去の米国の理想的な時代はフランクリン・ローズヴェルトのニューディールであり、共和党と民主党の間でコンセンサスが維持されたニクソンの頃までの戦後30年間である。ユートピアのように市場を持ち上げることで強者の専横を覆い隠してきた新自由主義とともに、保守インテリ層にとっての英雄、レーガンへの本書の評価は厳しい。大企業の横暴に民衆が拮抗(きっこう)できる力を米国社会は取り戻すべきだという論調は、トランプ大統領の登場後に発言権を強めるマイケル・リンドやオレン・キャスらニューライト(新右翼)の論者と通じるものがある。
一見して左派のような主張を展開するアマーリだが、マイノリティーに寄り添うポーズをとりつつもグローバル企業に甘い態度をとり、経済の問題に切り込むことを怠ってきた意識高いリベラル左派を「ライフスタイル左翼」として断罪する。他方で、ポピュリズムのかたちで不満を噴出させているMAGA(米国を再び偉大に)派の現状に満足もしていない。民衆が力を取り戻す社会を右派の側からいかに描き直せるのか。本書はトランプ以降の若き米国保守によるひとつの挑戦である。




