外交・安保の取材現場から
【フォトギャラリー】日本政府、尖閣・竹島めぐる中韓主張の矛盾突く資料発掘も生かし切れず 求められる反論の司令塔
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中国・清の時代の官製地誌「大清一統志」。台湾の西半分までしか記載がなく、尖閣諸島が清国の版図として認識されていなかったことが分かる(1744年、内閣官房領土・主権対策企画調整室提供) 明治32(1899)年に当時の沖縄県知事が商船会社に対し、尖閣諸島への寄港を依頼した文書。尖閣諸島の開拓を進めるため、交通の不便さを打開する狙いがあったとみられる(内閣官房領土・主権対策企画調整室提供) 韓国外務部が1955年に発行した「独島問題概論」。竹島について「鬱陵島の行政区画に編入されたことが明示された公的記録がない」と明記されている(内閣官房領土・主権対策企画調整室提供) 尖閣諸島の魚釣島周辺を飛ぶ海上自衛隊の哨戒機P3C=平成23年10月、沖縄・東シナ海上空(鈴木健児撮影) 東シナ海上空から臨む尖閣諸島。手前から南小島、北小島、魚釣島