人工知能(AI)の時代にどんな教育改革が必要かは種々の議論がある。
独創性や主体性が大切だという声もよく聞かれるが、これを教育に落とし込むのは比較的難しい。
それに基礎学力はもう不要という議論は危険だと思う。
AIが出した答えを疑えるくらいの知性がないとそれこそAIに支配されてしまう。
私が今、一番問題だと思っているのは、上の言いなりで勉強する教育だ。
たとえば、東京大学の合格者数を誇るような名門塾では、膨大な宿題を出し、それをきちんとこなしていって、その塾で優等生でいられれば東大に合格できる。
こういう情報処理能力にたけた人は、社会に出てからも有能で、その後も成功する可能性は高い。
しかし、そういう能力ならAIには勝てない。
やはり自分の能力特性に合わせて勉強法を工夫できるような子供のほうが今後は強いと思われる。
あと、大学入試の面接だ。
日本では、これを教授が行い、教授が高く評価した人が合格する。
ところが欧米の名門大学では面接のプロがこれを行い、教授はセレクションに原則参加できない。
あえて、教授に議論をふっかけそうな人、逆らいそうな人を選ぶというのだ。
そうしないと既存の学問を超える人間が生まれてこないからだという。
この差が欧米、特にアメリカから、画期的な新商品や新技術が生まれるのに、日本は30年の不況の間、そういうものが生まれていない状況につながっているのではないだろうか。
日本は学ぶことがうまく、欧米から学んだことを上手に吸収し世界にキャッチアップしていった歴史がある。
しかし、それでは、勝てなくなったということだろう。
とくにAIの時代では、既存の知識や技術では、AIには勝てない。定説を覆すことが大切だ。
日本の成功モデルは古くなっている。上のいうことをひっくり返せる能力を鍛える教育に期待したい。
和田秀樹
わだ・ひでき 精神科医。昭和35年、大阪府生まれ。東京大医学部卒。現在、和田秀樹こころと体のクリニック(東京)院長。高齢者専門の精神科医として40年近く高齢者医療の現場に携わる。新刊は明治大文学部の斎藤孝教授との共著「『いくつになっても冴(さ)えている人』の言葉の習慣」(朝日新書)。




