「こだまも楽し 工場の響き」。これは名峰、伊吹山の麓にある滋賀県米原市立伊吹小学校の校歌の一節だ。ここに出てくる工場とは住友大阪セメントの伊吹工場。昭和40年代には600人もの従業員を擁し、地元に繁栄をもたらした。この工場からの出荷、資材運搬に使用されたのが同社の貨物だけを取り扱う専用鉄道。平成11年に廃止となったが、廃線跡は工場や専用鉄道に愛着を持っていた地元住民の協力もあり、「伊吹せんろみち」という遊歩道に生まれ変わっている。
地域発展の歴史
専用鉄道は工場設置の昭和27年と同時期に開通。JR東海道線の近江長岡駅から緩やかな勾配を上り、工場までの約3・7キロを結んだ。茶色い電気機関車「いぶき号」がタンク車やホッパ車を引っ張る姿はファンや地元住民に親しまれた。多いときには1日10往復が運転されたが、物流はトラック輸送に徐々に切り替わり、平成11年に廃線。工場も15年に生産を停止した。
地域発展の歴史を後世に語り継ごうと整備されたのが「伊吹せんろみち」。舗装された道は歩きやすく、自転車で通っても快適だ。東海道新幹線の高架の手前が起点。当時、列車が渡った鉄橋が残されている。伊吹山を望んで右カーブを描く坂道の左側にはコンクリート製の架線柱が立ったままで、廃線跡という雰囲気を盛り上げる。
かつての鉄路が交差
さらに進むと国道365号をくぐるトンネル。明治16(1883)年に関ケ原から長浜まで開通し、32(1899)年に廃線となった旧東海道線の跡を利用した国道。かつての鉄路が国道と遊歩道に姿を変えて交差しているのだ。
伊吹工場があった少し手前、複合施設「伊吹薬草の里文化センター」近くが終点。ここまで2・5キロ。駅をイメージした休憩所があり、プラットホーム横には線路もある。セメント専用鉄道では旅客列車は運転されなかったはずだが、ホームで列車を待つ人や滑り込んでくる客車など、いろいろ想像させてくれる。(鮫島敬三)
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廃線後の数奇な運命
伊吹工場のセメント専用鉄道で昭和31年に登場した電気機関車は「いぶき号」の501と502。廃線となった平成11年6月まで活躍し、その後は数奇な運命をたどることになる。
廃線の後、2両とも大井川鉄道(静岡)に移籍。ED500形に形式が改められ、運用に入ったが、今度は中部国際空港建設のための埋め立て土砂運搬作業用として三岐鉄道(三重)に転出した。
土砂輸送終了後、ED501は15年に大井川鉄道に復帰。ED502は廃車となり、静態保存されていたが、27年に解体された。
復帰したED501は蒸気機関車の補機として活躍した。現在は検査切れの状態で、新金谷駅構内に留置されている。
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「長岡るみえ」の聖地化構想
伊吹工場のセメント専用鉄道が分岐していた近江長岡駅では待合室の空きスペースを利用したカフェが営業中だ。令和6年2月にオープン。冷暖房がない状態だったが、クラウドファンディングを実施してエアコンを設置。地域住民が作った朝採れ野菜を販売する計画もあり、ボランティアで運営責任者を務める山城真理さんは「始めるより続ける方が難しい。(店を)存続していける仕組みを作りたい」と力を込める。
店名は「カフェルミエ」。現在の一押しメニューは「スパイスカレー」(税込み1200円)。スパイスが効いたルーは歯応えがある食感。辛すぎないのも特徴のひとつだ。スイーツセット(税込み1100円)や地元メーカーのベーコンや牛乳を使用したメニューも人気を集めている。
さまざまな人たちの交流の場になることを目指し、山城さんが今夏ごろから計画しているのが野菜の販売だ。地域では野菜を作っている家庭が多い。「店で売れば、フードロスがなくなるし、コミュニティーが広がる」と狙いを説明する。
オリジナルのキャラクター「長岡るみえ」を登場させ、地元を「聖地」にする構想も。「多くの方に地域へ来ていただき、グッズを作れば収益増が図れる」と話した。営業は毎週水曜日(正午~午後7時半)、第1・3・5日曜日(正午~午後5時)。












