「高市早苗 最大の敵」は自らの心中にあり 元衆院議長・伊吹文明

「正論」2月号 新春コラム

高市早苗首相

高市早苗政権が乗り越えるべき壁、というテーマに対して端的に答えるならば、次のようなことでしょう。

自分の頭で理想をしっかりと考えたうえで、国民にもしっかりと呼びかけること。そして、異なる意見に対して耳を傾け、自分の理想を現実の制約の中で少しずつ実現していくという、ある意味では謙虚な政治姿勢を大切にすること。この二つですかね。これらは高市首相が尊敬している安倍晋三元首相と英国のマーガレット・サッチャー元首相という二人の政治家が長期政権の為に我慢しつつ実践してきたことです。

高市政権は当面は物価高対策を最優先課題に掲げました。それは痛み止め・対症療法です。その上で、大胆な金融政策▽責任ある積極財政▽それによって民間投資を喚起する成長戦略を考えていますね。金融・財政・民間投資の三本の矢によって、好循環を実現し日本経済を立て直そうとした安倍政権の経済政策「アベノミクス」で果たせなかった三本目の矢、「民間投資」を政策により喚起しようとする構想で、方向としては間違っていないでしょう。

一連の経済政策の背景にあるのは、高市氏が所信表明演説で述べた「世界の真ん中で咲き誇る日本外交を取り戻す」という思い、日本を世界の中で存在感のある国に復元させたい、という信念でしょう。日本の存在感を再び高めるための外交交渉力として、経済力の再生に焦点を当てるのは当然です。

国益を護り、国益を主張できる対外交渉力はさまざまです。現実に最も強いのは、残念ながら軍事力です。日本は大東亜戦争を経験しました。私自身は終戦の時小学校二年生でしたが、朝鮮特需で経済復興の兆しが出てくるまでは、餓死者も珍しくないような時代でした。そうした歴史を踏まえた国民感情として、また憲法上も、軍事力を強化し、日本の外交交渉力にすることはなかなか国民に受け入れられないでしょう。限定的な集団的自衛権の行使容認、いわゆる「安保三文書」にしても、結局はアメリカから軍事力を交渉力としてひけらかされる度合を抑える程度の「力」でしかありません。

伊吹文明氏

戦後の日本外交を振り返っても、外交交渉力は経済力に裏打ちされていました。

繊維や自動車などの輸出規制や牛肉・オレンジをはじめとした農産物の輸入促進、あるいは為替レートの円高要請というプラザ合意等々、外国からの圧力を巧みにかわし、時にはあやしながら、外交交渉力にできたのは、労働生産性が高く、経済力で米国や他国に対し比較優位にあったからです。

いわゆる「失われた三十年」を経た現在、経済力の落ち込みは顕著です。国内の有効設備投資残高は少なく、労働の質的低下は著しく、かつて世界でも屈指の高さだった労働生産性も極めて低いとの専門家の分析があります。

生産性を高めるには有効な設備投資と、勤勉に働く国民によって一単位の労働から生み出される付加価値を増やす必要があります。

だからこそ「成長戦略」が重要になる。しかし、超えねばならぬ関所があります。

日本は民主主義国家で、市場経済を前提とした国なので政府が設備投資をするわけではありません。あるいは政府が労働を強制することもできません。「戦略十七分野」を重点投資対象と掲げ、研究開発や国内設備投資優遇税制や財政支出で誘導しても経営者が設備投資で応えてくれるか。また、国民も勤勉な労働力で応えてくれるか。

江戸時代、商人出身の思想家、石田梅岩は「先も立ち、我も立つ」との〝商いの道〟を提唱しました。今風に言えば「企業の社会的責任」の重要さを説いたわけですが、そうした規範意識は今日、経営者にも日本国民にも希薄になっているのではと思います。また、国民の労働への価値観を見ても、戦後間もなくのように、「どんな仕事でも家族を養うためにやるんだ」という時代では今はありません。

「馬を泉のそばに連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」という諺がありますが、高市さん自身、労働生産性の向上はそう簡単にいかないことが分かっているのでしょう。だからこそ思わずあの「働いて、働いて、働いて」という言葉が出てきたのではないか。「私もこれだけやる。だから皆さんも頼みます」といった無意識の叫びのようなものだったのではないか、と思います。

そうした中で参考になるのは、「英国の栄光を取り戻すため一緒に立ち上がってください」と国民に呼びかけたサッチャー元英国首相の言葉です。あるいはケネディ・元米大統領の就任演説から「あなたの国が自分に何をしてくれるかではなく、あなたが国のために何ができるかを問いかけて下さい」との言葉を引いてもいいかもしれません。

高市構想の結果が出るには、少なくとも三年ほどはかかるでしょう。世界の中で存在感のある国になるとの理想と、積極財政による国債残高増加、長期金利の上昇、そして為替レートの円安による物価高という現実の間で、国民が果たしてどこまで我慢ができるか。

中国の古典『荀子』には、「水は則ち舟を載せ、水は則ち舟を覆えす」という一節があります。舟とは政治、水とは国民です。つまり、国民は政治を支えることもあれば、覆すこともある。

であるからこそ、高市さんがメディアなども巻き込み、サッチャー元英国首相のようなインパクトのあるメッセージを出して、国民に納得してもらえるかが鍵なのではと思います。企業、国民を覚醒させ、日本全体に、自らの構想に理解・協力してもらう雰囲気を作り上げていく努力、言葉、姿勢が求められます。それを欠けば、立派な構想も理想論空論に終わり、現実政治のなかでの政策にはならないことが心配ですね。

〝安倍流〟の融通無碍さ

理想を実現するには、多くの人の助け、与野党だけでなく多くの分野の人達の助けが必要です。自分と違う考えの人の意見に耳を傾け、時には取り入れ、時に説得し協力してもらい、人間同士の信頼関係を築くことが不可欠です。

石破茂前首相と比べると、「高市首相を助けよう」という人の層は厚いようです。ただ、政権肝いりの「日本成長戦略会議」や、「経済財政諮問会議」、あるいは党役員、自民党税制調査会の人選などを見ていると、自分の意見と同じような人を集めているように映ります。上手くいかなくなった時に、ブレーキが無い車に乗っていると国の事故が大変ですね。

憲政史上最長の政権を築いた安倍政権はどうだったか。

「美しい日本」などのスローガンを掲げた第一次政権の時、安倍さんは理想・自分の信念を大切にしていました。私個人の心情としては、この時の安倍さんが好きでした。当時、「教育の憲法」とも言われる教育基本法を約六十年ぶりに全面改正をしました。日本の伝統的な規範などを大切に教えよう、という方向性について意気投合していました。

ただ、自分の理想、理念だけを追い求めた結果はどうだったか。参院選で敗北し、退陣に追い込まれた。安倍さんは野に下った期間に様々なことを学び、考えたのでしょう。理想ばかり追い求め、権力・政権を失ってしまえば、〝安倍流〟に言えば「悪魔のような政権が誕生し、国民を困難に陥れてしまう」ことになることを理解した。

「権力維持のためには、自分は我慢するんだ」という姿勢を身につけた。第二次政権では、「すべての女性が輝く社会づくり」や「働き方改革」など、あえてリベラル的な施策も辞さなかった。

それに加えて、安倍さんはとにかく人の意見も聞いてみる首相でした。私にもよく携帯で電話がかかってくる、衆院議長に就いてからは、国会や議長公邸で、色々と話をしました。本当に聞きたいのか、それとも相談すれば協力してくれるから聞くふりをしているのか…。ここは微妙なところですが、これが安倍さんの第一次政権と第二次政権の違うところで、長期政権の秘訣だったのかもしれません。政治手法が巧みだったとも言えます。

こうしたサッチャー・安倍両政権の流儀を学び、実践すれば高市政権も尊敬する先輩の道を歩めるのではないでしょうか。

月刊「正論」2月号から)

いぶき・ぶんめい

昭和十三年、京都市生まれ。京都大卒業後、大蔵省(現財務省)入省。在英大使館書記官、蔵相秘書官などを経て、五十八年の衆院選で京都一区で初当選。令和三年の引退まで十二回連続当選。財務相、自民党幹事長、衆院議長などを歴任した。

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