中国では最近、ネット上である風刺漫画が話題を呼んだ。
「不可抗力」と書かれたたすきを掛けた巨大な熊のプーさんが、日本のアニメ歌手、大槻マキさんとみられる歌手の舞台に落下、歌手や観客が驚き困惑した表情を浮かべている。これは11月28日、上海市内のライブで大槻さんの演奏が突然中断された事件を揶揄したものだ。「不可抗力」のプーさんとは、言うまでもなく中国のトップ、習近平で、彼の意向には誰も逆らえないことを皮肉っている。
高市早苗首相の台湾有事を巡る国会発言を受け、中国で日本の芸能人のコンサートやイベントが相次ぎ中止となった。中には「私は永遠に一つの中国を支持する」とSNSで中国政府への忠誠を示し、批判や公演中止を逃れようとした日本の芸能人もいたというが、注目を集めたのが歌手の浜崎あゆみさんのコンサートだ。突然の中止にもかかわらず、無観客の会場で歌い切り、中国のファンならず、多くの一般市民からも称賛された。
中国のSNS上に書き込まれた「私は浜崎あゆみのファンになった」という、ある長文の投稿は、こうした人々の声を反映していた。
「以前は浜崎あゆみが誰なのか全く知らなかった。彼女の上海公演が『不可抗力』により開演前日の11月28日に強制的に中止になったと聞いて、初めてこの歌手の存在を知った」
こんな書き出しで始まる文章の主な内容は次のようなものだった。
彼女はたちまち、私のアイドルになった。それは彼女の歌や歌唱力の素晴らしさのためでも、ルックスのためでもない。優雅さをもって荒唐無稽な現実に強烈な一撃を食らわせたからだ。
100人の中国スタッフが5日間休みなく舞台を組み、100人の日本スタッフが期待に胸を膨らませて大きな荷物とともにやってきた。数万人のファンが航空券とホテルを予約した。ところが、公演前日、「不可抗力」の通知で全てが白紙に戻った。他の歌手だったらこう言っただろう。「チケット代は受け取った。責任は私にあるわけじゃない。さようなら」と。
しかし、彼女は違った。彼女は無観客だった会場で、コンサートの最初の曲から最後のアンコールの曲までを歌い通すことを選んだのだ。「皆さんがそこに座っている姿を想像しながら歌います」—。中国のファンは涙した。
彼女は「適切な時期」を待って、チケットを購入した全ての人に映像を無料で公開すると約束した。その瞬間、コンサート中止を決めた者たちは、彼女に完膚なきまでに打ちのめされた。彼女のファンではなかった無数の人々までが彼女を称賛した。私のように、アイドルを追いかける年齢を過ぎた者でさえ、心から拍手を送った。
彼女以上に悲惨だったのは大槻マキだ。途中で照明を落とすなんて、どれほど卑劣な人間がやることか。上海という国際都市がこんなことをするとは、恥ずかしいことこの上ない!
日本の右派に不満があるからといって、日本の芸能人を罰する? ファンを道徳的に縛る? 契約精神や国際的信用を紙くず同然に扱う? これは愛国心ではなく、子供が玩具を投げつけるようなものだ。外で腹が立ったからといって、家に帰って妻や子供に八つ当たりするような情けない人間だ!
浜崎あゆみは、全ての人に示した。真の強者とは、怒りを無実の人々にぶつけるのではなく、荒唐無稽な状況の中でも約束を最後の瞬間まで果たす人だと。
そして投稿主はこう締めくくった。「私は彼女のファンになった。人はこれほどまでに高潔に生きられるのだと、彼女が教えてくれたからだ。『不可抗力』を盾に好き勝手する連中は、一生この真理を理解できないだろう」と。
この投稿はネットから削除されたが、横車を押し続ける中国当局との対峙の中で、日本が持つ最大の武器がソフトパワーだと改めて感じさせる。媚びることなくプロ意識を貫きファンの心をつかめば、中国当局がいくら反日をあおっても有効なバリアとなる。今回の彼女の対応は日本のソフトパワー戦略の見事なお手本と言えるだろう。
=作家、チャイナウオッチャー
(月刊「正論」2月号から)






