『三頭の蝶の道』山田詠美著(河出書房新社・1980円)
女子アナ、という呼称についぞ慣れることはなかった。女医、女教師、女芸人…〝女〟と頭につくときはいつだって本流ではない色物のような響きがある。まあ今そのような意図を込めて発言する人ははっきり時代遅れなので相手にする必要もないが。今よりもずっと〝女だてら〟に何かを成し遂げることが珍しかった時代、その作品が女流文学と呼ばれた作家たちは一体何を思い、のみ込み、その筆力で平伏させてきたのか。
純文学作家として後進の育成に尽力してきた河合理智子、少女のような無邪気さをもつ高柳るり子、そしてカリスマ性と奔放な私生活でメディアに愛された森羅万里。激動の時代を女流作家として生きた3人の人生が、それぞれの葬式を入り口に編集者や男性作家、秘書や孫など、身の周りの人々の回想から浮かび上がってくる。
登場人物は、モデルになったであろう実在の作家が想像できるような描き方がされており、著者のインタビューを読めば知ることもできる。フィクションでありながらリアルと地続きのような不思議な説得力は、どこかゴシップ的な要素も相まって独特な読み心地。「日本文学は、ゴシップの歴史なのよ」と登場人物に言わせているのだから、こんな下卑た楽しみ方も織り込み済みの様子。一人の女流作家としてその時代を生き、40周年を迎えた著者ならではの作品となっている。
選び抜かれた美しい言葉もまた、著者ならでは。女流作家を「臆することなく人間を描き切ろうとする女たちのこと」とする語りに、ああ、だから私はあなたたちの紡ぐ物語をたまらなく愛しているのだ!と著者をはじめ、物語をもって何度となく私の心を救ってくれた作家たちへの思いで胸がいっぱいになった。
女流作家たちは連帯するでもなれ合うでもなく、嫉妬しあいながらも己の信じる文学にその身をささげる。まさに女流作家という名の妖怪たち。その毒気と魅力に当てられ、仰がずにはいられない。




