本号が発売される頃には、新総理が日本の舵取りに手腕を振るっていることだろう。ご存じの通り、ここまでには一波乱あった。十月四日投開票の自民党総裁選挙で高市早苗氏が選出され、すんなり日本初の女性総理が決まるかと思いきや、公明党が自民党との連立政権からの離脱を表明したことをきっかけに、総理指名選挙を睨み各党の多数派工作が活発化した。
立憲民主党の野田佳彦代表は、国民民主党の玉木雄一郎代表に共闘を呼びかけ、玉木氏が与野党のキャスティングボートを握る立場に急浮上。しかし高市氏が日本維新の会・吉村洋文代表(大阪府知事)と会談し、自民と維新の連立協議が始まると、立憲や国民民主への注目度は急速に薄まった。一連の政局でテレビのニュース番組やワイドショーは久しぶりの「政治劇場」に盛り上がりを見せた。
高市氏の自民党総裁就任では、ワイドショー各番組は、その人柄や経歴、過去の雑誌や番組での発言を紹介し「高市早苗像」を伝えようとした。玉木代表や維新の吉村代表、藤田文武共同代表は、番組に積極的に出演し、自分の考えや主張を伝えた。これまでSNSやネットを巧みに使い、若者の支持を集めてきた国民民主だが、既存のテレビ番組では、ネットと同じようには支持を広く集めきれなかったと感じる。テレビ番組はネットのように自分に都合の良い質問ばかりではない。番組側は事前に政党広報や出演者に「こんな質問、内容をぶつけます」と概要を伝えるが、そのまま生放送で質問することはほとんどない。
この点、吉村代表は、テレビを知り尽くしていた維新の初代代表・橋下徹元大阪府知事から受け継いだ対応力を見せた。十月十六日のテレビ朝日「報道ステーション」に生出演した際は、高市氏と政策協議を行うことで同意し、維新が要求を出した政策について解説。「今回肝となるのは、企業団体献金も埋めていきたいが、国会議員の大幅削減をやりたい。これを本気でやれるかどうか。ここがポイント」と発言した。突然の議員定数削減の言葉に驚いたが、思い起こせば、私は何度か関西の番組生放送で、吉村代表が想定外の発言をする場面に遭遇していた。
吉村代表は十七日のフジテレビ情報番組「サン!シャイン」に生出演し、国会議員の定数削減が出来なければ連立はないと強調。テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」にも出演。十八日に読売テレビ全国ネット「サタデーLIVEニュース ジグザグ」に出演した際には、維新は入閣をせず、閣外協力の方向で協議を進めているという報道について聞かれ、「飛ばし報道、僕自身は決めていない」と一蹴した(その後、報道の通り閣外協力へと動いたが)。
テレビ報道の特性として速報と生放送の力が挙げられる。新聞はインタビューの要約や時事解説は得意だが、機動力ではテレビに及ばない。テレビと政治家の歴史的一コマがある。昭和四十七(一九七二)年六月十七日、当時の佐藤栄作総理が退陣会見で「私はテレビを通じて国民に呼びかけたい。新聞記者のいるところでは話したくない。テレビ以外は帰ってくれ」と声を荒げた。佐藤総理は、新聞記者が退席しがらんとした会場で一人テレビカメラに語りかけたが、画面を見ていた私は幼心に「疲れているな」と感じた。
中曽根康弘元総理は「テレビ時代の政治家は演技力が必要」と頻繁にテレビに出演し、昭和六十(一九八五)年四月には記者会見場にパネルを持ち込み貿易黒字の解説をした。今では国会中継の議員質問や答弁でもよく見かけるシーンだが、当時は画期的だった。
テレビは出演者の表情や説明、取り繕いすらも非情に映し出す。そこが利点であり、怖さでもある。質問する側は切り口のしっかりとした鋭い質問をぶつけ、出演者の欺瞞を暴き、本質に迫る事が大切。安易な演出、切り口で番組を作れば、それこそ出演者に利用されかねない。テレビは実像も虚像すらも伝えてしまう。
テレビ報道だからこそ出来ることを、テレビ記者やディレクターは忘れてはならない。
=テレビプロデューサー
(月刊「正論」12月号から)
ゆうき・とよひろ
昭和37年生まれ。読売テレビの人気番組「そこまで言って委員会NP」「情報ライブ ミヤネ屋」の演出担当を経て、現在フリーで番組制作を行う。






