「国際庭園」の工事遅れも杞憂だった1990年花博 大阪公立大・橋爪紳也特別教授

昭和100年 輝く関西に向けて

開幕に向け準備が進む大阪・関西万博会場=3月7日、大阪市此花区の夢洲(ドローン使用、沢野貴信撮影)
開幕に向け準備が進む大阪・関西万博会場=3月7日、大阪市此花区の夢洲(ドローン使用、沢野貴信撮影)
大阪公立大の橋爪紳也特別教授
大阪公立大の橋爪紳也特別教授

大阪・関西万博の開幕まで1カ月という段階にあっても、海外パビリオンの建屋や展示工事の遅れが改めて確認された。以前より指摘されてきた懸念が、ここにいたってもまだ解消されていなかったわけだ。国際博覧会の主役である諸外国への支援や配慮が十分ではなかったという批判はいなめないだろう。

もっとも博覧会の開幕に、展示工事が間に合わないことは過去にもあった。大阪の事例でいえば、1990年に鶴見緑地を会場に実施された「国際花と緑の博覧会(大阪花博)」でも、「国際庭園」に出展したパキスタンの庭園が、博覧会が開会してからも庭造りを継続していた。

ただ、大阪花博の場合には、造園を行う職人の作業を見ることが話題となり、結果的に人気を集めることになったから面白い。

大阪花博は、89年に市制100周年の節目を迎えた大阪市が記念事業のひとつとして構想、博覧会国際事務局から特別博覧会の認定を受けた「国際園芸博覧会」として開催された。

90年4月1日から9月30日までの183日を会期とし、83カ国・55国際機関、212の企業・団体の参加を得て、総来場者数は2312万6934人を数えた。

世界最大の花であるラフレシアが目玉の展示であった「政府苑」、大阪府の「いちょう館」、大阪市の「咲くやこの花館」など公的な出展のほか、多くの民間企業が出展を行った。

なかでも全英オープンの難コースとして知られるオーガスタナショナルゴルフクラブの12番ホールを再現した「ゴールデンベルパビリオン」、シネラビリンス・ガスパビリオンに出展された「おにぎりロボット」、遊園地「マジカルクロス」で運行した立ち乗りのジェットコースター「風神雷神」などが人気を集めた。いっぽう国際展示館の一角に出品された「月の石」は、さほど話題にもならなかった。

大阪花博は「自然と人間との共生」をテーマに掲げた。基本理念では、産業社会の構造的な転換期にあって、自然と共存する場所や仕組みを都市内に創ることの重要さをうたった。これを受けるかたちで会場は「山のエリア」「野原のエリア」「街のエリア」に区分、「都市内の自然」から「自然と共生する都市」へと段階的に遷移する風景を示すように計画された。

会場にあってシンボルとなり、閉幕後も利活用される恒久施設と位置付けられた展望塔は「いのちの塔」と命名された。大阪・関西万博の「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマを想起させる名称である。塔が建設され、そして今日に至る顛末(てんまつ)については、今回の大阪・関西万博のレガシーをめぐる議論にあって示唆に富む。詳細は次週に論じたい。

会員限定記事

会員サービス詳細