6日に指された将棋のタイトル戦「ヒューリック杯第95期棋聖戦五番勝負」(産経新聞社主催)の第1局は、藤井聡太棋聖(21)=竜王・名人・王位・叡王・王座・棋王・王将=が挑戦者の山崎隆之八段(43)を破り、5連覇と自身初となる永世称号「永世棋聖」の資格獲得へ向けて好発進した。将棋を題材にした小説『盤上の向日葵』で知られる作家の柚月裕子さん(56)が観戦し、その模様を寄稿した。
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ヒューリック杯第95期棋聖戦の第1局が千葉県木更津市の龍宮城スパホテル三日月で行われた。挑戦者は15年ぶりのタイトル戦となる山崎隆之八段。迎え撃つは、今回防衛すれば史上最年少で永世称号を獲得する、藤井聡太棋聖だ。
前夜祭には、将棋関係者や一般の将棋ファンあわせて200人以上が集まった。その場で両者は対局への意気込みを語られたが、私にはお二人ともリラックスしているように見えた。特に山崎八段は会場の笑いを取りながらも、自分が勝つことでほかの棋士の希望になれると思う、との前向きな気持ちを感じさせるお話だった。
しかし翌日の大盤解説場で、山崎八段に関してはそうではなかったと知る。対局当日の大盤解説場には、開始3時間も前から人が集まり長い列を作っていた。そのなかで、長く山崎八段を応援している方から話を聞いたのだが、その方曰く、いつもの山崎八段ではない、とのことだった。前夜祭で表情が普段より固かったし、対局の一手目のあとに藤井棋聖を見た視線がとても鋭かったのだという。それを聞いて、山崎八段のこのタイトル戦にかける熱意を改めて感じた。
対局はその気持ちがそのまま現れるものになった。先手山崎八段の2六歩を、後手藤井棋聖が8四歩と受けて相掛かりで闘いが進む。互いに慎重に駒を進め、ゆっくりとした穏やかな局面が続き、控室のプロ棋士の方々も「長い対局になる」と話していた。
控室に感嘆の声があがったのは、44手目、藤井棋聖が3五歩を指したときだ。互いに陣形整備ができ、これからどのような局面になっていくのか多くの者が注目しているとき、藤井棋聖が、自分が守りを固めている側から攻めたのだ。控室にいるプロ棋士の方々はこの手に驚き「まさか」「そこから攻めるのか」といった声があがった。
山崎八段は、大胆な将棋で、相手を悩ませる術に長けている。藤井棋聖の攻めを受けて、山崎流と呼ばれるその手を指していくが、藤井棋聖は惑わされずに冷静な指し回しで終盤に持っていく。闘いは藤井棋聖が有利なまま進み、その形勢を山崎八段が覆すことはなかった。
対局後に山崎八段は「粘る」との言葉を繰り返した。二局目はもっと粘り、のびのびと指したい、という。対局を見守っていた中村太地八段は山崎八段に対して「次は今回と同じ手は使えないし、良さが出ていなかった。どのように指すのか楽しみです」とおっしゃっていた。その言葉に、その場にいらしたプロ棋士の方々が頷いていた。
小説や映画といった物語は、先が見えないほど面白い。そのような意味では、プロ棋士ですら初手から先が読めない今回の棋聖戦は、ことさら多くの人がドキドキワクワクするのではないか。
今回の観戦で印象的だったのは、お二人の背中だ。藤井棋聖は行き帰りのバスの車中、ひとりで座り静かに窓から外を見ていた。その背中がなんとなく孤独で、たったひとりで前人未到の大きな壁に挑んでいるように感じた。
山崎八段は、背中がとても厚く見えた。将棋だけでなく、さまざまな辛さを乗り越えてきた心はきっと強い。なにごともあきらめない不屈の精神を持っているのだろう、そんな風に思わせるものだった。この対局を終えたとき、きっとお二人とも、それぞれが抱えている目に見えない壁を乗り越えていらっしゃると思う。その雄姿に私たちは惹かれ勇気をもらう。このあともお二人の闘いを見守りたい。
柚月裕子
ゆづき・ゆうこ 昭和43年、岩手県生まれ。平成20年に『臨床真理』で「このミステリーがすごい!」大賞を受けてデビュー。『検事の本懐』で大藪春彦賞、『孤狼の血』で日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)をそれぞれ受賞。将棋を題材にした小説『盤上の向日葵』は本屋大賞の第2位になった。ほかに『風に立つ』など著書多数。





