国民民主党を離党する前原誠司元外相は「非自民・非共産」を訴え、与党との協調が目立つ玉木雄一郎代表と軋轢を深めていた。今後は新党「教育無償化を実現する会」を立ち上げて政権交代を目指すとみられるが、旧民進党代表時代には、小池百合子東京都知事と政局を仕掛けながら衆院選に敗れた経緯もあり、永田町では「詰めが甘い」(立憲民主党閣僚経験者)との評価もある。挑戦は今度こそ実を結ぶのか。
前原氏は9月に行われた国民民主代表選に出馬し、「(自民党政権のままでは)日本は凋落し続ける。政権交代の新たな受け皿が必要なんだということが一番の原動力だ」と主張。「今の路線だと国民民主党は無くなる。あるいは永遠に政権交代はできない」と玉木氏の党運営を厳しく批判したうえで、「政策本位の『非自民・非共産』の野党協力・結集を進めていく」と訴えていた。
しかし、111の総ポイントで争われた代表選で、前原氏は31ポイントしか獲得できず、80ポイントを集めた玉木氏に惨敗した。同党の支持団体、連合傘下の産業別労働組合(産別)出身議員は、代表選で前原氏と距離を置く姿勢が目立ち、党内では孤立感も深まっていた。
今国会では、国民民主が賛成した令和5年度補正予算の衆院採決直前、京都新聞に「同党が賛成したら離党の意向」と報じられた。これについて前原氏は今月24日、X(旧ツイッター)で「誤報です!」「補正予算の賛否を理由に、重大な政治決断をすることはありません。本人に確認することなく、この様な記事を書くとは。」と書き込み全面否定。ただ、前原氏は補正予算が29日に成立したことを受け、離党に向け動き出したとみられる。
前原氏を巡っては、民進党代表時代の平成29年、小池氏が立ち上げた「希望の党」と合流し、政権交代を図ろうとした政局劇が知られる。現実的な安全保障政策を掲げた野党が自民党政権を打倒するーとのシナリオを描いたが、肝心の民進内では前原氏に離反する動きが急加速。同年秋の衆院選で自民党に敗れ、野党勢力の細分化を招いた。
前原氏が政党の代表選に出馬したり、新党を立ち上げたりするのは、43歳の若さで民主党代表選に勝利した17年以来、今回で6度目だ。うち2回は党首となったが、民主党代表時代は約半年で辞任に追い込まれ、民進党代表は約4カ月で党そのものを離党した。
今回、前原氏が新党の名前に掲げた教育無償化は、維新の看板政策でもある。永田町では、「最終的に維新に合流するための足場ではないか」(自民党閣僚経験者)との見方もある。
かつて朝日新聞から、41歳で英首相になったトニー・ブレア氏にならい、「日本のブレアを目指せ」とエールを送られた前原氏。その後は、自分で広げた政策や構想が実現せず「言うだけ番長」との悪名もついた。61歳で迎えた今回は、どのような結末を迎えるか。




