ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を装着して観光地を360度の映像で楽しむ「VR(仮想現実)旅行」が、高齢者のリハビリに役立つとする論文を東京大学先端科学技術研究センター・宮崎敦子特任研究員らの研究グループが発表した。実際の風景を眺めるように、頭を上下左右に動かしてVR映像を視聴することが、周囲の環境を理解する「視空間能力」の改善に影響するという。
新型コロナウイルス感染拡大で外出自粛が呼びかけられた2021年ごろ、パソコンなどで観光地のライブ映像を視聴するVR旅行が旅行業界で話題を呼んだ。コロナ明けに訪れるための下調べをしたい人や、VR旅行に参加した人だけが購入できる現地のブランド商品が目当ての人など、さまざまな人にニーズがあったようだ。その一方で、研究グループのメンバーでもある同大の登嶋健太学術専門職員が実施したように、HMDを用いてVR映像を要介護の高齢者らに提供する取り組みがコロナ禍以前から進められていた。
研究グループは、VR旅行の際は日常生活よりも大きく首を動かすことから、VR旅行が高齢者の視空間能力の向上などにつながると仮説を立てて実験を行った。視空間機能は、目的達成のために行動を制御する脳の働き「実行機能」と密接に関係しており、低下すると軽度認知障害や認知症などの障害を引き起こすとされている。視空間能力の改善が確認されれば、VR旅行が高齢者のQOL(生活の質)維持に役立つとも考えられる。
実験には平均88.25歳の高齢者24人が参加。HMDを装着して1回30分のVR旅行を週3回のペースで4週間行うグループと、VR旅行を体験せず日常生活を送るグループに分けて、VR旅行がもたらす影響を調べた。途中で実験を中断した人などを除いて、VR旅行を体験した12人と体験していない8人の結果を分析したという。
参加者らが実験の前後で受けた認知機能のテストの得点を比較したところ、VR旅行を体験したグループは体験していないグループよりも「実行機能を伴う視空間能力」の得点の上昇幅が大きかった。宮崎氏は、視空間機能に障害がある参加者も同テストの得点が上がったとしている。並行して視空間機能だけを調べるテストも実施されたが、同様に、VR旅行をしたグループの方がより高得点となる傾向が見られた。
また、VR旅行をしたグループには頸椎の可動域にも良い影響があった。3D空間を見渡そうとして首や身体を大きく回す動作をする機会が増えたためだという。研究グループは、VR旅行で目の機能と首の動きを改善することが、高齢者の転倒を予防することにもつながるとしている。
実験の結果を受けて宮崎氏は「本プログラムが視空間機能障害のリハビリテーションに役立つ可能性があることを示唆しています」とコメントしている。




