書評

『スマホで薬物を買う子どもたち』瀬戸晴海著 若者汚染 コロナ禍で拡大

本稿を読む前に、ツイッターアカウントをお持ちの方は、「野菜・手押し」と検索してみてほしい。ほんの数分・数秒前に投稿された、絵文字交じりの大量の広告ツイートが現れるはずだ。「野菜」はマリファナ、つまり大麻を指し、「手押し」は配達もしくは手渡しによる直取引可能なことを意味する。絵文字は覚醒剤、コカイン、LSD等の隠語だ。密売人たちは戦慄するほど身近で手ぐすねを引いているのである。

このような、近年ネットで蔓延(まんえん)する違法薬物売買の実態を詳(つまび)らかにしたのが本書だ。著者は厚生労働省の元麻薬取締官で、前著にその40年以上に及ぶ薬物捜査の軌跡を記した『マトリ』がある。SNSが取引の温床になっている点から察せられるように、薬物事犯の検挙者の低年齢化が本書の執筆動機である。

若者の間で薬物乱用が広がっている理由の一つに、コロナ禍がある。かつてのような学校生活の喪失や終わりの見えない社会不安によるストレスが、刹那的な快感をもたらす依存性薬物へと駆り立てるのである。また、入手の容易さに加えて、海外での大麻合法化ならびにネットでの大麻解禁肯定論調が拍車をかけている。

著者はこの嗜好(しこう)性大麻自由化論に対して丁寧に反論していく。大麻は覚醒剤やヘロインと比べると精神依存が低いが、同じく依存性薬物の酒やたばこにはない幻覚作用を持ち、反社会的行動への端緒となる。さらに、大麻使用者はより陶酔感を求めて他の強力な薬物に手を出しやすくなる、等々…。

もう一つ重要な指摘として、暴力団や犯罪組織ではなく素人が密売人となるケースが増加している点も見逃せない。本書には著者が相談を受けた乱用者、被害者の他に、密売人として逮捕・懲役となった大学生の実例が出てくるが、これがなんともおぞましく悲劇的である。「使用者と密売人の境がなくなってきた」とは、著者の弁だ。

日本は先進国で最も薬物乱用の少ない「清浄国」であるが、著者がこの国の未来に危機感を募らせるのもうなずける。スマホ普及とコロナ禍が薬物汚染へのターニングポイントとなったと歴史書に記されてもおかしくないのだから。(新潮新書・924円)

評・西野智紀(書評家)

会員限定記事会員サービス詳細