スタート直後によろめき20位に終わった失意の500メートルからおよそ1週間。18日の1000メートルに臨んだスピードスケート男子の新浜(しんはま)立也(25)は、〝鬼門〟のスタートこそ無難に突破したものの、「何かかみ合わない部分があった」。持ち前のダイナミックな滑りは鳴りを潜め、再び下位に沈んだ。「できることを全てやってスタートラインに立ったが、発揮できず悔しい」。未完の大器は、不完全燃焼のまま北京から去った。
身長183センチ、体重89キロの体格。小学生の頃から脚力の強さは際立っており、爆発的なパワーで加速する姿は周囲の注目を集めた。
しかし、いつもラストで失速した。滑るというより、ひたすら走っているように見えた。「前半で体力を消耗し、スピードが維持できない。武器となるスタートダッシュを生かすには、氷の上をしっかり滑ることが必要だった」。小中学校時代に新浜を指導した「別海スケート少年団白鳥」(北海道別海町)の小村茂監督(51)は振り返る。
目的達成の近道は陸上での走り込みなどだったが、これが苦手だった。レース後、目に涙をためて結果を報告する日々が続いた。
高校進学に当たっては強豪校から声がかからず、父と同じ漁師になる道も模索した。見かねた小村さんは当時、釧路商業高でスケート部を指導していた友人の中嶋謙二さん(51)を頼った。「やる気があるなら、おいで」。中嶋さんの誘いを受け、再びスケートと向き合うことを決めた。
練習前、不得手なランニングを6キロ課された。3年時の高校総体で500メートルと1000メートルを制し、才能を開花させると、大学進学後も地道な努力を継続。指摘され続けてきたスタミナ不足も克服し、両種目で世界と渡り合える選手へ成長した。
12日の500メートルはスタート直後につんのめり、早々に終戦。挽回を期したこの日の1000メートル、スタートは力強い腕振りとステップで加速し実力の一端を見せたが、中盤以降に失速。最後は苦しげな表情でゴールラインを通過した。
「五輪だからといって特別視していない」。今大会前からのビッグマウスぶりは、不安の裏返しだったか。一度狂った歯車は最後まで戻らず、25歳はレース後、がっくりと首を垂れた。(三宅陽子)
>新浜立也、森重航はメダル獲得ならず スピードスケート男子1000M
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スピードスケート男子1000メートル スタートする森重航=北京(共同)