テコンドー・山田、あと一歩 父親の道場で磨いた蹴り

16年リオデジャネイロ五輪は選考会の試合中に右ひざ靱帯(じんたい)断裂の大けがをして出場がかなわず、引退も考えたが、19年には全日本選手権3連覇を達成。翌年2月には東京五輪への切符を勝ち取った。

だが、その2カ月後には新型コロナウイルスの感染拡大で緊急事態宣言が発令。東京都内から一時は実家に戻ることになる。その間、蹴り技に磨きをかけ続けた場所は、かつて通った啓悟さんの道場だった。

「一番いい色のメダルを取って恩返しがしたい」と啓悟さんに公言していた山田。メダルこそ手にできなかったが、「楽しんでこい!」と送り出した啓悟さんへの、恩返しになったはずだ。

(荒船清太)

山田メダル逃す テコンドー女子 3位決定戦で敗れる

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