昭和53年10月12日、もう一つの〝歯車〟が動き始めた。東京・九段のグランドパレスで行われたプロ野球オーナー会議で「西武ライオンズ」の加入が正式に承認された。譲渡金は約10億円。本拠地は埼玉・所沢。西武の堤義明社長とクラウンライターの中村長芳オーナーは笑顔で握手を交わした。それは29年間続いた九州からプロ野球の球団が消えた瞬間だった。
なぜ、そんな悲しいことが起こったのだろう-。47年に「西鉄」から「太平洋クラブ」へ。52年に「クラウンライター」となったライオンズ。経営権を福岡野球株式会社が持ち〝命名権〟を年間1億円で売っていた。
