昭和44年シーズン、後藤阪神は首位巨人に6・5ゲーム差をつけられたものの、68勝59敗6分けの2位と大健闘。江夏豊の15勝を筆頭に村山実、若生智男、権藤正利ら4投手が二桁勝利を挙げ、田淵幸一が22本塁打、56打点で「新人王」に輝いた。
ところが10月13日、残り5試合の段階で野田誠三オーナーが突然「全日程の終了を待って鶴岡一人氏(NHK解説者)の獲得に全力を挙げる」と宣言したのである。しかも後藤監督は招聘(しょうへい)の結果で「残留」か「解任」かを決めるという。なんと理不尽な。それより、1年が経過してもなお鶴岡招聘が成功する-と信じていたことが滑稽だった。
