勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(194)

鬼に金棒 完全試合で自信つけた雄ちゃん

今井はチームの人気者。みんなから「雄ちゃん」と呼ばれた(左は山森)
今井はチームの人気者。みんなから「雄ちゃん」と呼ばれた(左は山森)

■勇者の物語(193)

今井雄太郎のことを誰もが「雄ちゃん」と呼んだ。今井には〝逸話〟が多い。ビールを飲んで快投した「酒仙投手物語」。キャンプで泥酔し上田監督を叩き出した「監督追い出し事件」。実はお酒にまつわる逸話は、入団交渉のときが始まりだ。

昭和45年のドラフト2位で指名した阪急は12月のある日、丸尾千年次スカウトが国鉄・新潟駅へ操車場係をしていた今井を訪ねた。初の入団交渉である。だが、話は一向に進まない。今井は地道な生活を希望していた。

外は雪。夜が更け寒さが身に染みる。沈黙が続く。すると今井がダルマストーブの上にあったヤカンから熱い白湯(さゆ)を注いだ。「ありがたい」と一口飲んだ丸尾はブオッと吐き出した。なんと日本酒。今井は平気な顔で飲んでいた。お酒がすすむうちに気が大きくなったのか、最後は「ようし、プロでやってやろうじゃないの!」と入団を快諾したという。

筆者が今井と親しくなったのは「勇者番」となった61年。今井はすっかり〝主戦投手〟になっていた。56年に19勝で初の最多勝のタイトルを獲得。59年には21勝と防御率2・93で2冠に輝いた。

61年春の高知キャンプでのこと。朝から雄ちゃんが興奮状態に陥っていた。

「なぁ、何時ごろ来られる?」「ブルペンにくるかなぁ」と何度も同じことを聞いてきた。実はこの日、野球評論家となった長嶋茂雄が初めて阪急のキャンプ視察に来ることになっていた。

高知市営球場は大騒ぎとなった。長嶋さんの行くところ、行くところでファンの大きな波ができた。なんと、その中に雄ちゃんの姿が…。

「何してるんですか?」

「長嶋さんを見てる」

「背後に隠れとらんと、ちゃんと挨拶したらええやないですか」

「畏れ多いよ。オレの憧れの人やで。それより、長嶋さんの写真をちょうだい。オレが後ろで一緒に写ってるやつ」

まるで子供のように目を輝かせていた。山田久志は今井をこう評した。

「実力のある投手が自信をつけるとこうなる。雄ちゃんはもともと実力があった。3種類に変化するシンカーなんて誰も投げられない。そこへ完全試合で自信をつけた。もう〝鬼に金棒〟ですよ」

その通りだと思う。(敬称略)

■勇者の物語(195)