東日本大震災から11日で10年の節目を迎える。東北出身で、現在は関西を拠点に活動しているアスリートや指導者に、当時の記憶や復興への思いを聞いた。
卒業式の日に…
東日本大震災から10年がたった今でも、はっきりと記憶しています。宮城県塩釜市の中学校で卒業式が行われた3月11日、帰宅してから、父とキャッチボールをするために歩いているときに大きな揺れに遭いました。初めて聞いた地鳴りや、建物がきしむ音は怖かった。揺れが収まった後は家族と中学校へ避難し、体育館で2日間過ごしました。
携帯電話は通じず、地震に関する情報も十分に得られない。海の近くにある自宅は津波を免れましたが、避難所には家が浸水した人や親族が亡くなった人もいて、大変なことになったと分かりました。電気や水道、ガスが復旧するまで内陸部に住む親戚の家で暮らし、4月は被災家屋の家具を運び出すボランティアにも参加しました。ライフラインが復旧したときに、これまで当たり前に思っていたことが幸せなことだったのだと強く感じました。
年月をへて、被災した地元一帯もかなり整備されてきています。昨年12月に実家に帰った際には、仙台空港から仙台港への新しい道路が完成していました。ただ、新しくできた防潮堤の高さからは、当時の津波の大きさを改めて思い知らされました。




