2017年。42歳のシーズンが終わった。メジャーリーグのワールドシリーズ王者も決まり、アメリカ球界ではすっかり今年が終了した感じになってきている。
チーム(シカゴ・カブス)はプレーオフのナ・リーグ地区シリーズでワシントン・ナショナルズを下したものの、リーグ優勝決定シリーズでロサンゼルス・ドジャースに敗退。ワールドシリーズ連覇はならなかった。
ベンチメンバーから外れていた私も、その後にオフに入り、だいたい2週間ほど身体を休めた。来年があるかどうかは分からない状況だが、とりあえずトレーニングを始めた。
もう1年…やりたい気持ち。あと1年…やりたい気持ち。(メジャーに移籍して)トータルで10年…。節目となる来季へのこだわりが自分の中ではものすごく強い。
ふと振り返ってみれば、まさか、ここまでやれるとは思っていなかった。だけど、そんな過去はどうでもいい。ここまできたらどうにかしてやりたいね。せっかくここまで続けてきたのだから。
ただ、願望がかなうかどうか、今回は楽観視できない状況だ。けがや故障で戦列を離れたシーズン後半をみたら、果たして来季、取ってくれる球団があるかどうか。前半戦だけだったら、あっただろうけどね。
今季は49試合に登板して3勝4敗2セーブ14ホールド。防御率3.98。日米通算成績での100勝、100セーブに続く、100ホールドは今季も届かなかった。
一年間の戦いを振り返ってみると、自主トレの時から、身体がいい感じで仕上がっていたんだよなあ。打ち明けるけど、真剣にWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)に日本代表で出たいと思ってトレーニングをしていた。2008年北京五輪を最後に袖を通していないJAPANのユニホームで、マウンドに立ってみたかった。開幕前のスプリングトレーニングも順調に進んで、シーズンに入っても、調子を維持できていた。ファストボールのキレが納得いくものだったからね。ただ逆にスプリットがずっといまいちの感じだったんだよなあ。
良い時と悪い時がハッキリしていたと思う。落ちが良くなかった。何よりもオールスター休みを挟んだ後が…。首の痛みから始まり、たぶん感染症になったと思うんだけど、膝が腫れ、くるぶし周辺が腫れ、ふくらはぎが腫れた。揚げ句に腰痛、脇腹痛。もう後半戦は、何をやってるんだか…。リハビリをするために球場に行ってた感じだった。
チームのみんなが2年連続の地区優勝を決めたときも、遠征に参加せずリハビリ。プレーオフの地区シリーズのときも、アリゾナでリハビリ。結局、ポストシーズンは一度もメンバーに入れなかった。移籍1年目。期待してもらったのに、戦力になれなかった。申し訳ない気持ちだけしかなかった。
いまは、本当に来年があるのか…。そんな気持ちでいっぱい。もし話がなければ、それで終わり。でも、弱気なわけではないよ。崖っぷちはいつも経験している。それこそ、プロに入る前から。あきらめなかったから、ここまでやってこられた。どんな結果になっても後悔はない。契約のオファーが届くことを信じて、やるべきことをやるだけ。日々のトレーニングに頑張るしかない。
上原浩治
うえはら・こうじ 1975年4月3日、大阪府生まれ。1浪して入学した大阪体育大時代に才能が開花。3年時に日本代表に選ばれ、国際大会151連勝中のキューバから白星を挙げる。1999年にドラフト1位で巨人に入団。1年目に20勝を挙げて最多勝、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率と史上10人目の「投手4冠」を達成し、新人王と沢村賞を受賞する。その後は巨人のエースとして活躍したほか、日本代表として04年アテネ五輪で銅メダル、06年ワールド・ベースボール・クラシックで優勝に貢献。09年から米大リーグに移籍し、13年にはレッドソックスでワールドシリーズ制覇にクローザーとして貢献した。




