日本の桜前線は北海道まで北上し、今年の桜も閉幕を迎えつつある。昔から日本で花は桜木といわれてきたように「桜=日本の花」のイメージが強いが、実は、お隣の韓国でも桜を十分に堪能できる。日本的なモノには極めて敏感な韓国でなぜ桜が多いのか。素朴な疑問を抱いて、韓国最大の桜の街、鎮海(チネ)を訪ねた。
韓国南部・慶尚南道の馬山(マサン)からタクシーで30分も走ると、昌原(チャンウォン)市鎮海区の中心部へ至る桜並木に入った。道の両側に延々と桜が続く。
「この時期は韓国中から人が押し寄せます。桜より人を見に行くようなものですよ」。50代のタクシー運転手が笑った。
訪れたのは4月3日。1年で最もにぎわう桜のフェスティバル「軍港祭」が2日前に始まったばかりだった。最初の日曜日となったこの日は時折、小雨がぱらつく曇り空。天気が下り坂という予報があったため、前日の土曜日に繰り出した人が多く、「今日の人出は少ない方でしょう」と運転手は予測してくれた。
とにかく、街の至る所に桜が植えられている。その数、実に約36万本。桜の種類は異なるが、日本随一の桜の名所、吉野山が約3万本というからその規模が分かる。街全体が桜の名所という感じだった。
軍港祭という名前が示す通り、鎮海は韓国海軍の要衝である。海軍士官学校があるほか、海軍を統括する作戦司令部も、2007年に釜山に移転するまでこの地に置かれていた。そして日本の統治時代には、旧日本海軍の基地が築かれた軍事拠点だったのだ。
街並みと海を見渡せる高台で車を降りた。日露戦争の日本海海戦でバルチック艦隊を破った連合艦隊は、まさにこの鎮海湾から出撃していったのだという。
軍歌「同期の桜」や特攻兵器「桜花」など、日本の軍隊と桜は切っても切れない関係にある。至る所に桜が植えられている理由が分かったような気がした。しかし-。
「ええ、日本人が植えたのは事実ですが、解放(終戦)後にそのほとんどが切り倒されたのです」と運転手。ということは、街中の桜は一体、だれが、なぜ?
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鎮海の中心部にある軍港郷土歴史館を訪ねると、「日帝(日本統治)時代に植えられ、解放後に伐採された桜の切り株」が展示されてあった。
「日本人たちが植えた桜の木は解放後、植民地の残滓(ざんし)を清算するという名分で瞬く間に切り倒された」との説明文が付けられていた。経済難の時代だっただけに、生活の燃料用に使用されたことも多かったようだ。
だが、今の桜は誰が、どういう経緯で植えたのかが分からない。地元紙、嶺南日報の記事に手がかりがあった。
「1966~80年代中盤、在日同胞と日本人たちが桜の苗木約6万株を鎮海へ寄贈した」(2012年8月31日、電子版)




