【福島から#23】 望郷、長泥
更新 jnl1708250002福島県飯舘村で国道399号線を南へ向かう。峠に差し掛かり幾つかのカーブを抜け勾配を登りきると、行く手は金網のゲートで塞がれる。先は飯舘村長泥、東京電力福島第一原子力発電所事故で全域に避難指示が出されていた村で3月31日に唯一、避難指示が解除されなかった。放射線量が高い帰還困難区域としてとり残された。村の面積の約5パーセント、7月末で75世帯255人が住民登録している。
案内してくれる男性がゲートを開錠する。九十九折の下り勾配となり長泥の集落へと向かう。阿武隈山中の標高は約500メートル、沿道はゴールデンウィークにサクラ、その後、ツツジ、アジサイと順に満開となる。避難前は長泥の住民が手入れをして美しさを愛でていた。
刈払機のエンジン音が響き、農道、用水路脇の雑草が刈られていく。6年以上手を入れていない田んぼは自生したヤナギが覆いつくしている。
長泥で、平成29年度の共同作業が6月から始まった。月一回行われる。避難先、移住先から住民が集まる。
8月は盆を前にして三か所ある墓地の草刈りも行った。作業を終えて公民館で総会が開かれた。
長泥行政区役員の高橋正弘さん(55)が参加者住民約50人の前で話した。
「要望だけでは前に進めない。復興拠点を設けて自分たちでできることを行いたい。帰還の意思がある人が二、三人でも、二十、三十人と増えていくかもしれない」。
草刈りの作業中、高橋さんは手を休め話してくれていた。
「家には戻れない、除染できないから」。
改正福島復興再生特別措置法が5月に成立した。原発事故による帰還困難区域復興へ向け、特定復興再生拠点(復興拠点)を設け除染とインフラ整備を進め住民帰還への足掛かりとしていく。自治体が計画し、県との協議を経て国が承認する事業となる。
復興拠点を公民館周辺に整備する案がある。宿泊施設を設置し、災害公営住宅建設、農地整備を行っていく。国の事業として復興拠点を中心に特定地点を除染していく。
「長泥で生きていくのは大変だった、それだけに愛着がある」。
鴫原良友さん(66)は長泥行政区長としての苦悩がある。住民の多くは長泥の全面的除染を求めている。鴫原さんの本音も同じだ。個々の家屋、農地の除染という希望は叶わなくなるのか。
「先祖様が苦労して開墾してきた土地、なくすことはできない」。
「長泥に帰りたい」。
小椋秀利さん(67)の母、キクノさんは話していた。キクノさんは二年前、89歳で亡くなった。
小椋さんは千葉県で重機オペレーターをしながら毎週土、日曜日と長泥へ一時帰宅する。自らの手で自宅、農地の除染をしたいという衝動に駆られる時がある。復興拠点整備が決まれば見守っていこうと思う。
自宅から古い8ミリフィルムが見つかった。震災、原発事故以前に亡くなった父、満延さん撮影。小椋さんはフィルムを編集した。現在は廃校となった飯舘村立長泥小学校での運動会。長泥の活気が記録されていた。
** 井沢雄一郎(フリーランス写真記者:1969年9月生まれ 福島県在住)

