真っ白なバニラアイスにチョココーティング、表面にはクッキークランチをたっぷり-。九州おなじみの味「ブラックモンブラン」は、発売開始から半世紀を迎える。佐賀県の工場から、これまでに累計9億本が出荷された。
明治27年、竹下佐七氏が和菓子や洋菓子の製造販売として創業した。
江戸時代を通じて、長崎・出島に荷揚げされた砂糖は、佐賀や小倉(北九州)を経由する「長崎街道」で大坂や江戸に送られた。この砂糖の道(シュガーロード)沿いでは、菓子産業が盛んだった。
同じ佐賀県出身者に、「森永製菓」を創業した森永太一郎氏もいる。2人は親交が深く、竹下製菓は、森永の佐賀県内特約店となり、大きく成長した。
「ブラックモンブラン」の誕生は昭和44年だ。3代目の小太郎氏が、欧州・アルプスを訪れた。最高峰のモンブランを眺めながら、「あの真っ白い山に、チョコレートをかけて食べたらおいしいだろう」とアイデアが浮かんだ。
当時、冷たい菓子といえば、アイスキャンディーが主流だった。ブラックモンブランは、「スイスからやってきたステキな味」のキャッチフレーズとともに大ヒットした。箸に刻印した「当たりくじ」も話題を呼んだ。
平成28年4月、4代目の敏昭氏=現会長=の一人娘、真由氏(35)が5代目社長に就任した。
「将来、家業を継ごうと思っていましたが、どうしても東京工業大の学生が出場資格を持つ『ロボットコンテスト』に出場したかった」という根っからのリケジョだ。
東京工業大大学院を修了後、外資系コンサルティング会社で働いた。
23年に帰郷し、竹下製菓に入ると、まず持ち前の機械知識をいかし、製造ラインの改善に取り組んだ。26年からは、商品開発室長として第2、第3の「ブラックモンブラン」作りに着手した。
「これまで築いてきたブランド価値を活用しつつ、お客さんに『えっ』と驚きを与えることを目指した」
そうして誕生した商品のひとつが、果物入りのアイスの外側にシリアル食品をまぶした「これで朝食アイス」だ。「ブラックモンブラン」を模倣した商品ロゴなどデザインにもこだわった。
ほかにも「昔の恋人味」と名付けた甘酸っぱいイチゴアイスなど、味わいだけでなく、パッケージやネーミングに工夫を凝らす。
「ブラックモンブランの『当たり』の刻印は、毎年デザインを変えているんです。だからこそ、食べるたびにワクワクしてもらえる。商品開発もそれと同じ。お客さまが手に取ったときに、どれだけ楽しみや驚きが与えられるかを重視します」と語った。
その開発能力は業界外からも注目を集める。
今年7月末、福岡市内で開かれた「1億総活躍・地方創生全国大会」での講演では、安倍晋三首相が真由氏の名前を挙げ、「若い女性ならではの視点で商品開発している。多様な人が多様な視点を持ち寄ることで、活力は生まれる」と称賛した。
創業120年。老舗の舵取りを担う才媛は「これからも個々の商品を磨き、ブランド価値を高めたい」と語った。
(九州総局 中村雅和)
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明治27年創業。佐賀県小城市小城町池の上2500。資本金1千万円、従業員は約80人。売上高、利益は非公表。アイスクリームのイメージが強いが、マシュマロは国内有数の市場シェアを誇る。




