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ケネディ暗殺はフルシチョフが指令? 元CIA長官が著書で新説

ウィーンの米大使館で行われたケネディ米大統領(右)とフルシチョフソ連首相の初会談で、上機嫌な表情の両首脳。2日間の会談で、延べ13時間にわたり意見交換した=1961年6月3日(UPI=共同)
ウィーンの米大使館で行われたケネディ米大統領(右)とフルシチョフソ連首相の初会談で、上機嫌な表情の両首脳。2日間の会談で、延べ13時間にわたり意見交換した=1961年6月3日(UPI=共同)

 【ワシントン=黒瀬悦成】1993~95年に米中央情報局(CIA)長官を務めたジェームズ・ウールジー氏は23日に発売された著書で、63年11月にケネディ米大統領を暗殺したリー・ハーベイ・オズワルド容疑者が旧ソ連のフルシチョフ第一書記(当時)から暗殺指令を直接受けていたとする新説を発表した。

 米専門家の間では、ケネディ暗殺は「オズワルド容疑者の単独犯行だった」とする見方が大勢を占めているが、諜報の世界を知り尽くした元CIA長官による説だけに、論議を呼ぶのは確実とみられる。

 著書は「ドラゴン作戦-クレムリンの対米秘密戦争の内幕」という題名で、共産体制下のルーマニアで情報機関幹部を務めたイオン・ミハイ・パチェパ退役中将(78年に米国に亡命)との共著となっている。

 著書によると、オズワルド容疑者は57年、海兵隊員として日本に勤務していた当時にソ連の情報機関に勧誘され工作員となった。ソ連は同容疑者が提供した情報をもとに60年、同国上空を飛行していた米偵察機U2を撃墜したとしている。

 オズワルド容疑者は59年にソ連に亡命し、現地の女性と結婚して62年6月に帰国する。著書は、フルシチョフが同容疑者にケネディ暗殺を直接指示したとみられると指摘。同容疑者が結婚したマリーナ・プルサコワもソ連国家保安委員会(KGB)の要員だったとしている。

 フルシチョフはその後、暗殺が米ソ関係にもたらす影響を危惧し、63年4月までに指令を撤回した。ところが、オズワルド容疑者は単独で突っ走り、暗殺を決行したとしている。

 著書は、暗殺指令や撤回命令の存在を示す直接の証拠を示していないが、同容疑者がソ連当局などに送った書簡を解読すれば、事件の背後にソ連がいたのは「疑いない」としている。

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