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戦後レジームのつまずき露呈した湾岸戦争 河野克俊・前統合幕僚長

河野克俊・前統合幕僚長=岡山市北区(織田淳嗣撮影)
河野克俊・前統合幕僚長=岡山市北区(織田淳嗣撮影)

 イラクに侵攻されたクウェートを解放しようと米国などの多国籍軍が反撃した湾岸戦争で日本は130億ドルもの資金を拠出したが、人的貢献ができなかったことから国際社会の評価は低く、「小切手外交」と揶揄(やゆ)された。その後の日本が取り組んだ国際秩序への貢献や今後の課題を自衛隊制服組トップを務めた河野克俊前統合幕僚長に聞いた。(坂本一之)

 --湾岸戦争で日本が直面した課題は

 「日本は当初、何が課題かさえ分からなかった。1990年8月の侵攻を受けてブッシュ米大統領が絶対に許される行為ではないと立ち上がり、日本は『何をしてくれるのか』と問われた。日本は資金拠出で対応しようとしたが、自衛隊による協力など人的貢献を求められた。自衛隊の憲法違反が公然と指摘され、政治において自衛隊派遣という思考すらなかった時代。民間人派遣を検討するなど政府の協議は大混乱した末に湾岸戦争は終わりタイムアップ(時間切れ)となった。戦後レジーム(体制)の最初のつまずきといえるだろう」

 --湾岸戦争終了後の91年4月に海上自衛隊の掃海部隊がペルシャ湾に派遣され機雷を除去した

 「クウェートが戦争終結を受けて米紙に出した感謝を示す広告に日本の名前がなかったことが要因になったと思う。多額の資金拠出が全く評価されず政府要人の中で危機感が高まり、国際貢献の模索が始まった。当時の法制度の中で実施できたのが掃海部隊の派遣だ。秩序や平和に対する日本の国際貢献の起点になった」

 --日本は国連平和維持活動(PKO)や米中枢同時テロを受けたインド洋での給油活動など自衛隊の海外派遣の場を広げてきた

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