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アラブの春から10年 強権統治や内戦、「冬に変わった」

 この年、ムバラク政権が倒れたエジプトでは翌12年6月、史上初の自由選挙でイスラム原理主義組織、ムスリム同胞団を出身母体とするモルシー氏が勝利して大統領となった。しかし、イスラム色の濃い憲法制定や経済失政への反発から世俗派などの大規模デモが再発し、シーシー国防相率いる軍が憲法を停止してモルシー氏を拘束。政権は1年で崩壊した。

 シーシー氏は14年の選挙を経て大統領に就任し、軍出身者の統治が復活した。イスラム過激派の掃討などで一定の支持を集めているが、反体制派や改革派も対象にし、抑圧しているとの見方が絶えない。先の女性は同年、それまでフェイスブックで発信してきた政治的なメッセージの書き込みをやめ、口を閉ざした。

 エジプトで民主主義が根付かない理由について、カイロ大のムスタファ・カメル名誉教授は「軍と同胞団という国内の二大組織が共存できない上、どちらも民主主義に関心がないことが大きい」と指摘する。

アラブの「冬」

 アラブの春が広がるきっかけとなったチュニジアで民主化が進んだのは、軍が政治的中立の立場を守り、国会で大きな勢力を占めるイスラム主義政党アンナハダは他政党との対話に応じているためだ。1987年にベンアリ政権が発足する以前から女性参政権を認めるなどアラブ諸国の中では先進的な政策をとっており、他のアラブ諸国よりも民主化を受け入れる土壌があったといえる。

 ただ、チュニジアはあくまでも例外だ。シリアでは2011年、反体制デモが起き、混乱に乗じてイスラム過激派が勢力を拡大。内戦に発展した。劣勢を強いられたアサド政権は民間人の犠牲を顧みず過激派への攻撃を激化させ、国際社会が人道危機に懸念を示す中、ロシアやイランの後ろ盾で政権を維持し、強権による統治を続けている。

 エジプトの政治評論家ハニ・ゴラバ氏は、アラブの春に関し、「成果と呼べる現象は人権や政治、経済面で強いられた代償に比べればごくわずかしかなかった」と総括する。

 アラブの強権体制下では、アラブの春を受けて強まった当局の監視の目を恐れて、多くの国民が沈黙を守る。こうした状況について、ゴラバ氏は「アラブの春は多くの国で『冬』に変わった」と評した。

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