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ジスカールデスタン元仏大統領、コロナ感染で死去 先進国サミットで多極化外交 EU統合に貢献

フランスのジスカールデスタン元大統領=2011年12月、パリ(ロイター)
フランスのジスカールデスタン元大統領=2011年12月、パリ(ロイター)

 【パリ=三井美奈】フランスのバレリー・ジスカールデスタン元大統領(1974~81年在任)が2日、死去した。94歳だった。75年、仏ランブイエで米欧や日本による初の先進国首脳会議(サミット)を開き、米ソ二極に対抗する多極化外交を主導。欧州の通貨統合に貢献した。

 家族がAFP通信に出した声明によると、ジスカールデスタン氏は新型コロナウイルス感染により、ロワールエシェール県の居城で亡くなった。

 ドイツのコブレンツ生まれで、仏エリート養成校、国立行政学院(ENA)を卒業。会計検査官を経て政界入りし、経済・財務相を務めた。74年の大統領選で勝利し、48歳で大統領に就任。「フランスのケネディ」と呼ばれた。

 ランブイエ・サミットは第1次オイル・ショックの混乱の中、6カ国首脳で行われた。三木武夫首相、フォード米大統領らとともに、西側先進工業国の結束を確認した。この枠組みは、現在の先進7カ国(G7)サミットに引き継がれた。

 欧州統合では、西ドイツ(当時)のシュミット首相とともに79年、欧州の為替安定の枠組みとなる「欧州通貨制度」(EMS)を創設。単一通貨ユーロ実現に向けた一歩を記した。

 中道勢力の結集を掲げながら、社会政策ではリベラル路線を進めた。ユダヤ系女性のシモーヌ・ベイユ保健相を起用し、保守派の反対を押し切って、人工妊娠中絶を合法化させた。81年の大統領選で、社会党候補だったフランソワ・ミッテラン元大統領に敗れた。

 大統領退任後も、欧州議員として欧州統合に尽くした。2003年、欧州連合(EU)の結束強化を目指す「欧州憲法」の草案をまとめたが、05年にフランスの国民投票で批准が否決され、実現しなかった。

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