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サムスン電子会長、李健煕氏が死去 韓国最大グループの事実上トップ

サムスン電子の李健煕会長(聯合=共同)
サムスン電子の李健煕会長(聯合=共同)

 【ソウル=名村隆寛】韓国最大の財閥、サムスングループの事実上のトップであった李健煕(イ・ゴンヒ)サムスン電子会長が25日、入院先のソウル市内の病院で死去した。78歳だった。

 李氏は三星(現在のサムスングループ)を創業した李秉●(=吉を2つヨコに並べる)(ビョンチョル)氏の三男として、1942年、韓国南東部の大邱(テグ)で生まれた。幼少の一時期を日本で暮らし、61年、ソウル大学師範大付属高校卒業後に再度、日本に渡り、早稲田大学商学部で学んだ。早大卒業の翌66年には、米ジョージ・ワシントン大学経営大学院で学んだ。

 韓国に帰国後、三星物産副会長、サムスングループ副会長などを歴任し、87年に死去した父、秉●(=吉を2つヨコに並べる)氏の後継として同年、グループ会長に就任した。

 93年には「量から質への成長」を目指す「新経営方針」を提唱。電子、電器産業のほか、化学、金融、サービス業などに至るまで、さまざまな事業を展開。以後2008年まで、グループ総帥としてサムスンを韓国トップの財閥に成長させた。

 李健煕氏は韓国財界の“カリスマ”として韓国経済の成長にも大きく貢献した。サムスングループが韓国経済に及ぼす影響は極めて大きく、韓国の国内総生産(GDP)と輸出の約20%は同グループが占めているといわれる。

 また、国際オリンピック委員会(IOC)の委員や韓国五輪委員会名誉委員長などを務めるなど、李健煕氏は内外でスポーツ活動に寄与したことでも知られる。サムスンは五輪の公式スポンサーでもある。

 一方で、政界との癒着によるスキャンダルもあった。1997年に全斗煥(チョン・ドファン)、盧泰愚(ノ・テウ)両元大統領への贈賄容疑で逮捕され、裁判で有罪となった。この事件では恩赦となったが、2008年にも、政界や法曹界への不正資金提供や脱税の疑惑で当局から捜査を受けた。

 在宅起訴された李健煕氏はグループ会長を辞任。同年、脱税の罪でソウル地裁から懲役3年(執行猶予5年)、罰金1100億ウォン(現在のレートで約110億円)の判決を受け、翌09年にもソウル高裁から同様の有罪判決が言い渡された。

 しかし、この時も平昌冬季五輪誘致を理由に、李明博(ミョンバク)大統領(当時)から特別恩赦を受けた。

 10年3月にサムスン電子会長として経営復帰した李健煕氏だったが、14年5月に、急性心筋梗塞で意識不明となった。心肺蘇生(そせい)と緊急手術により、命はとりとめたが、以来、意識は戻らず、寝たきりの状態が続いていた。

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